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本田由紀

幻想を冷静に考える 本田由紀

 人間は脆(もろ)い生きものですから、生きていく際に「幻想」をよりどころにすることもあります。ただ「幻想」と言っても2種類あります。

 ひとつは、明らかに実際はありえないことだとみんながわかっていて、それをあえて楽しむもの。たとえば、堀川アサコさんの『幻想郵便局』(講談社文庫)のような、現世と冥界のあわいを行き来するユーモラスで少し悲しい人々をめぐるフィクションは、私たちの心の奥底をくすぐり、不思議な余韻を残します。

 でも、もうひとつの「幻想」は、それとは違って、「思い込み」に近く、私たちを強く縛っている特定の思考や価値観のようなものです。インターネットで検索してみると、こうした「幻想」を暴く目的で書かれた「○○(という)幻想」というタイトルの本が幾つも見つかります。

 最近のものでは、小玉重夫『学力幻想』(ちくま新書)があります。私たちが「学力」について考えるとき、知らず知らずに「子ども中心主義」(学ぶ側が何を身につけたかということのみを考える)と「ポピュリズム」(誰もが同じ内容を身につけられると考える)という「罠(わな)」にはまっており、何を教えるかは政治と切り離せないこと、人々の異質性こそが尊重されるべきであることが忘れられがちだ、と論じています。

 この他の例として、森博嗣(ひろし)『「やりがいのある仕事」という幻想』(朝日新書)をあげておきましょう。平たく言えば、仕事が大事だというのは「幻想」で、仕事にやりがいなんて求めなくていい、仕事なんてイヤならやめればいい、というのがこの本の主張です。読者は、なるほどそうかも、と思いつつ、でも本当にそうかな、人気作家でお金持ちの著者だから、そう言えるのではないかな?と思うかもしれません。

 社会が軋(きし)んでいる今、旧(ふる)い「幻想」の弊害が大きくなっているのは確かなので、それを暴く作業は必要です。でも、暴く側も別の「幻想」に乗っかっている可能性は常にある。「幻想」のタマネギを剥(む)き続けるより、何が比較的ましな「幻想」なのかを冷静に考えることが有益なのではないでしょうか。

 (東京大学教授〈教育社会学〉)

『学力幻想』
著者:
小玉 重夫
出版社:
ちくま新書
価格:
¥798(税込)

『「やりがいのある仕事」という幻想』
著者:
森 博嗣
出版社:
朝日新書
価格:
¥798(税込)

『幻想郵便局 』
著者:
堀川 アサコ
出版社:
講談社文庫
価格:
¥610(税込)