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十代、こんな本に出会った

『或る女』『痴人の愛』 仏文学者・鹿島茂さん

鹿島茂さん=吉永考宏氏撮影

2人の「悪女」の強烈な自我

 実家が酒屋で、私が継げば6代目でした。ひとつ屋根の下に親子5人と祖父母、小僧さんやら総勢十数人が暮らす、およそ文学的な雰囲気から遠い商い家でした。

 何しろ家に本がなかった。そこで小学生のころは、店が間貸ししていた雑誌屋に入り浸り、ありとあらゆる週刊誌、漫画、エロメディアにも目を通していました。読むことへの飢えがあったんでしょう。

 そんな我が家にも筑摩書房版の『現代日本文学全集』が並ぶようになります。昭和30年代といえば、読みもしない全集を本棚に飾っておくのが中産階級のステータス。中学になるとこれを片端から読んで、高校時代に出会ったのが2人の「悪女」でした。

 『或る女』(有島武郎著、新潮文庫)の葉子は19歳で結婚、新婚2週間で夫を見限り、妻子ある船員と恋に落ちる。

 もう一人『痴人の愛』(谷崎潤一郎著、新潮文庫)のナオミは、15歳の時に一介のサラリーマンに拾われ、男たちを手玉にとっていく。

 2人とも強烈な自我の持ち主で、葉子のモデルは国木田独歩の前の奥さんですよ。そういう背景も現実の恋愛も知らなかったけれど「世の中にはこういう女性もいるんだ!」ってしびれた。

19歳のころ(本人提供)

 後に拙書『SとM』(幻冬舎新書)で考察したけれど、「M」は自分の思う通りに弄(もてあそ)ばれたいと思っている。実はわがままなんです。そういうMな男のわがままが、葉子やナオミみたいな「自立したS女」を育てるわけで、「M男」の出現は、文明進化のバロメーターになる……。詳しくは本を読んでください。

 そんな悪女への見事な評論が、坂口安吾の「悪妻論」(角川文庫『堕落論』所収)です。「やりたいことをやる人間の基本的欲求は肯定されるべきか否か」という命題に対し、安吾は肯定派。やりたいことをやって対立が生じても、対立の存在を否定する社会のほうがおかしいと。大学時代に読んで「よくぞ言い切った!」と喝采でした。

 ただ、文学に答えを求めてはいけません。文学は「人間とは何か」という問いの投げかけであり「問題は想像以上に根深い」と気づかせてくれるもの。それでも読んでおけばひょんな時役立つのです。

 (ライター・安里麻理子)

◆おすすめは

 「人間は考える葦(あし)である」と言ったパスカルは17世紀の思想家。「人間の行動はすべて気晴らしである」とも論じました。ここまで「人間とは何か」を論じ切った人は他にいないのでは。『パスカル パンセ抄』(B・パスカル著、鹿島茂訳、飛鳥新社・1680円)は、岐路に立った時、新しい視点を与えてくれるでしょう。

 『日々の泡』(B・ヴィアン著、曽根元吉訳、新潮文庫・580円)は、ボーイ・ミーツ・ガールの話でありながら非常にシュール。蛇口をひねるとウナギが出てきて、恋人の肺に睡蓮(すいれん)の蕾(つぼみ)が宿る。アバンギャルドな10代におすすめです。

かしま・しげる  1949年生まれ。明治大教授。愛蔵品を披露する「モダン・パリの装い」展を7月14日〜9月8日、東京・練馬区立美術館で開催。
『或る女』
著者:
有島 武郎
出版社:
新潮文庫
価格:
¥700(税込)

『痴人の愛』
著者:
谷崎 潤一郎
出版社:
新潮文庫
価格:
¥704(税込)

『SとM』
著者:
鹿島 茂
出版社:
幻冬舎新書
価格:
¥756(税込)

『堕落論』
著者:
坂口 安吾
出版社:
角川文庫
価格:
¥460

『パスカル パンセ抄』
著者:
パスカル
翻訳:
鹿島 茂
出版社:
飛鳥新社
価格:
¥1,680(税込)

『日々の泡』
著者:
ボリス ヴィアン
出版社:
新潮文庫
価格:
¥580(税込)