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「最大公約数的な価値観疑う」  井上荒野さん、父・光晴の不倫を小説に

井上荒野さん

講演する井上荒野さん

 近ごろ、いよいよ立場が悪い不倫の恋。作家井上荒野さんが連載中の小説は、そんな道ならぬ男女の仲がテーマ。しかも、父親で作家の故井上光晴と、瀬戸内寂聴さんの間の実話が元になっている。2月末、第3回林芙美子文学賞(北九州市主催)の表彰式にあわせて開かれた講演会で、執筆の動機を語った。

 戦後文学の旗手とも呼ばれた井上光晴。寂聴さんとは文学上の交流をきっかけに関係を深め、40代のおよそ7年間、不倫関係にあったという。「出版業界では公然の秘密だったらしい」。けれど、当時幼かった荒野さんは知るよしもなく「大人になって、じわじわ分かってきた」。

 それでも父母の夫婦仲はよく、母親はその関係を知ってか知らずか、「出家してから家を訪ねて来るようになった寂聴さんと、友人になってしまった」。

 2008年、荒野さんの直木賞の贈呈式では、母親と寂聴さんがそろって親族席に。「母のその時の着物は、父が昔、寂聴さんの家で『これ、女房に似合いそうだ』ともらって来たものだったらしくて」。母親が「これ、寂聴さんの着物」とうれしそうに話す姿に、事情を知る周囲の編集者が固まる一幕もあったとか。

 数年前、編集者から「3人の関係を書かないか」と打診されたが、一度は断った。だが、14年に母親が亡くなった後、寂聴さんを訪ねて気が変わったという。

 父光晴の思い出を語って尽きることのない寂聴さんの姿を見て、「本当に父のことが好きだったんだ。それをなかったことにはしたくないんだなぁ、とグッと来てしまった」。

 寂聴さんからも「書きなさい」と背中を押され、「あちらにいる鬼」と題して、「小説トリッパー」16年冬季号から連載を始めた。母親と寂聴さんを思わせる2人の女性の視点で語られるストーリーだ。

 「父が嫉妬するほどの文学的才能がありながら、父のためだけに生きた」という母親。「本当は何を考えていたのか知りたくても、人の心の中は分かりようがない。それでも、書くことによって、自分なりの答えを見つけたい。その思いが、小説を書くモチベーションになる」

 不倫を肯定するわけではない。「でも今は、みなが最大公約数的な価値観を疑いもしない。そうじゃない、と疑ってみるのが、私は小説だと思っている」

 ◇
荒野さんが選考委員の第3回林芙美子文学賞は、大賞に工藤千尋さん「とぜね、かちゃくちゃね」、佳作になかにしさとみさん「深く、」が選ばれた。両作品は「小説トリッパー」春季号に掲載されている。

(上原佳久)


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