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奥泉光さん 「孤独」を刻む漱石作品 「正しい読み方なんてない」

「知識が増えると、楽しさが分かってくる作品もある」と話す奥泉光さん

「知識が増えると、楽しさが分かってくる作品もある」と話す奥泉光さん

 朝日新聞の『それから』再連載を記念して、作家の奥泉光さんによるトークイベント「漱石って新しい!?」が、東京・下北沢の「本屋B&B」で朝日新聞社との共催で開かれた。漱石にちなんだ作品の多い奥泉さんが、バラエティーに富む漱石作品の楽しみ方や魅力を語った。(聞き手は吉村千彰・本紙読書編集長)

 奥泉さんは『吾輩は猫である』の大ファンで、小学5年から中学3年まで5年連続で同作品を読書感想文の題材にした。作家デビュー後も、同作品の「その後」を描いた小説『「吾輩は猫である」殺人事件』(新潮文庫・絶版、電子書籍版あり)を出したほどだ。「もう何百回読んだことか。いまだに繰り返し読んでいる」

 猫が主人公という、軽やかでユニークなイメージの強い作品だが、奥泉さんは「実は孤独が描かれている」と分析する。主人公の猫が言葉を交わし合える仲間の猫は、ほとんど登場しない。猫は人間の言葉を理解して行動するのに、人間は猫の言葉が分からず、猫が人間から理解されることはない。だから、猫は本当は孤独なのだという。

 『坊っちゃん』にも、この孤独がしっかりと刻まれているという。「友だちからはやし立てられただけで校舎の2階から飛び降りてしまったり、持っていたナイフで指を切ってしまったり。周囲とうまくコミュニケーションが取れないんだな」。痛快な江戸っ子という坊っちゃんのイメージを否定する。

 奥泉さんは『坊っちゃん』のその後も小説『坊ちゃん忍者幕末見聞録』(中公文庫・802円)にしている。「坊っちゃんに友だちを作り、孤独から救ってあげたくてね」

 孤独は、その後の漱石作品に色濃く反映されていく。いずれも「コミュニケーションに失敗してしまう孤独」であり、「個を確立するために一人旅に出る」というような「孤独」とは異質なのが特徴だ。「漱石の体質のようなもの。テーマにした訳でなくても作品の中に出てしまうものがあるんです」

 ただ、未完の『明暗』だけは、「孤独」を意識的に主題に据えて作ろうとした作品だという。「ぼくが続編を書くとしたら、また未完で終わらせたい」

 奥泉さんが考える「読む」という行為は、「作品との関係を結ぶ」こと。

 「音楽や絵画で自分が気になる部分があれば、そこだけをじっくり聞いたり見たりする。読書も同じ」。だから「タイトルを読んだだけで『読んだ』ことにしたっていい。とりあえずその作品との関係は始まっているんだから」と語る。

 『草枕』のように難解な言葉がたくさん出てくる作品もある。「中学生に読ませるには難しい。ぼくも面白さが分かってきたのはつい最近。古典作品は一生かかって読めばいい」とも。

 作品のイメージをふくらませるのは読者だ。登場人物の姿形は十人十色。「正しい読み方、間違った読み方なんてない。作品を生み出した作家よりも、おもしろく豊かな読み方をして欲しいし、そうあってもらいたい」と述べた。

 奥泉さんは今月、これから漱石作品に触れていこうという若者向けに『夏目漱石、読んじゃえば?』を刊行した。その中で、人生を豊かにする「近道」である小説の中でも漱石作品は「最高の近道」と述べている。言葉の豊かさがあり、「すごく水量の豊かな泉みたいなもの」で「たぶん、一生この泉は枯れない」からだ。 

(塩原賢)


坊ちゃん忍者幕末見聞録

坊ちゃん忍者幕末見聞録      
奥泉光
[出版社] 中公文庫
[価 格] 802円

夏目漱石、読んじゃえば?

夏目漱石、読んじゃえば?
奥泉光
[出版社] 河出書房新社
[価 格] 1,404円


 ▼プロフィール
 おくいずみ・ひかる  56年生まれ。『神器 軍艦「橿原」殺人事件』で野間文芸賞、『東京自叙伝』で谷崎潤一郎賞を受賞。


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