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いしいしんじさん 飛びたがる小説のために

 作家のいしいしんじさんを迎え、第15回「関西スクエア 中之島どくしょ会」(朝日新聞社主催)が3月上旬、大阪市北区の中之島フェスティバルタワーで開かれた。いしいさんは、いろいろな時間をめぐる27編のお話からなる最新小説『よはひ』について語り、即興で小説を書くパフォーマンスも披露した。

「その場小説」を書くいしいしんじさん=大阪市北区、伊藤菜々子撮影

「その場小説」を書くいしいしんじさん
=大阪市北区、伊藤菜々子撮影

 会場に現れたいしいさんのそばには、かわいらしい男の子がいた。息子のひとひ君(5)。いしいさんのマイクをつかんで声を出したり、来場者の間を駆け回ったり大はしゃぎ。いしいさんは「ピッピと呼ばれています。『よはひ』の主人公です」と紹介した。

 いしいさんは、着地点を決めずに書き進める独自の創作スタイルをとっている。『よはひ』もその手法で書かれた。この日は、読者ら約80人の前でそれを実践して見せる「その場小説」が行われた。

 「巨大ないんせきがユーラシア大陸の中央に降下し、地軸がぶれた結果、地球上の国家はすべて滅亡した」

 いしいさんは冒頭、鉛筆で紙に書きながら、そう読み上げた。いわく、「声と、書く作業の追いかけっこ」だ。

 「その場小説」の題名は「新聞」。一人の男が、たどり着いた孤島で新聞を作り続ける話だ。刷り上がった新聞は鳥の足に結わえ付けて送り出されるが、それを読んだ人がいるのかどうかはわからない。約2500字の物語を書き終わると、会場は拍手に包まれた。イベント終了後、原稿のコピーの一部が来場者全員に配られた。

 『よはひ』は、27の話からなる作品だ。「六十二歳の写真家」「十八歳のきのこ」といった具合に、様々な「齢(よわい)」の様々な主人公が登場する。一風変わった小説であるため、ある来場者からは「今までに読んだことがない形式」との感想が寄せられた。


『よはひ』(集英社 2,160 円)

『よはひ』
[出版社] 集英社
[価 格] 2,160 円

 いしいさんは「連載を文芸誌『すばる』で始めた時は、バラバラの話を書くつもりだった」と明かした。「勢いをつけてもらおう」と思い、当時2歳だったひとひ君を1話目に登場させた。

 子どもの成長は早い。1年ほど経ち、言動の変化に気づくようになった。すると、自然と物語にまた出てくるようになったという。

 「終わりになって、父親がピッピに語ったお話が27個並ぶ構成になっていることに気づいた。計画性はないんです。自然なつながりができていたらうれしい」

 書き進める時には、どのようなプロセスを踏むのか。いしいさんは「書くことは読むことの裏返し」と説明した。

 「1回書いたら、100回ぐらい読み返す。100回で足りなければ200回読む。そのうち、ふっと次の一文がわかる」。文が出てこない時は「チャンス」だという。「小説が"飛びたがって"いる時だから」

 『よはひ』の中の「九十二歳のイースト菌」は、パンとパン好きの人たちばかりが出てくる話。終盤、おばあさんが棺おけの中でパンに囲まれて旅立つ「パン葬」が開かれる場面が描かれる。

 「『パンの葬式って、何だ?』と、自分でもびっくりした。思いもよらないものがポンと出てくると、小説は飛び立つ」

 書いている時は、日常から離れた場所にいると感じている。

 「その話の言葉で考え、その話の言葉を作り上げている。ある程度、気が狂っている状態にあるのです」

 その場で頭に浮かんだ情景を紡いでいくという営みは、執筆の時に限らない。普段、食事の際などにひとひ君にお話をねだられるからだ。本人を見ながら、こう言った。「ご飯を食べるというミッションと、お話を最後までやるというミッションを一緒にやらないといけない。その場小説は、それに比べれば楽。この人に鍛えられています」

(聞き手・野波健祐、文・村瀬信也)


 ▼プロフィール
 いしい しんじ
 1966年、大阪府生まれ。京都大卒。会社員生活の後、94年に「アムステルダムの犬」でデビュー。
 2003年に「麦ふみクーツェ」で坪田譲治文学賞、12年に「ある一日」で織田作之助賞を受賞。京都市在住。
 ブログで日常をつづっている。


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