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塩田武士さん 事実と物語、織り交ぜリアルに

 作家の塩田武士(たけし)さんを迎えた第19回「関西スクエア 中之島どくしょ会」(朝日新聞社主催)が11月中旬、大阪市北区の中之島フェスティバルタワーで開かれた。「グリコ・森永事件」を題材にした小説『罪の声』の執筆経緯や、作家になるまでの「修業」などについて語った。聞き手は講談社の担当編集者、戸井武史さん。

◆ グリコ・森永事件 モチーフ

塩田武士さん

塩田武士さん=伊藤菜々子撮影

 どくしょ会は冒頭から笑いに包まれた。塩田さんが作家になるまでの半生を語り下ろす。幼少からのお笑い好きで、学生時代には事務所に所属して漫才をしていただけあって、巧みなしゃべくりだ。

 「私がネタの台本を書いて舞台に上がって5分、すべり続けるというのを半年ぐらいやりました。それで心に傷を持って、今度は関西の小劇団のワークショップに参加し、脚本の勉強を始めます」

 集団行動に向いていない自分に気づき、独りでもできる作家を目指す。きっかけは藤原伊織の『テロリストのパラソル』だった。

 「こんな、人を夢中にさせる世界があるのか」と感激し、執筆に挑むが思うように書けない。社会を知ろうと思い、神戸新聞の記者に。激務のなか、時間をやりくりして投稿を続け、31歳で受賞に至ったのが『盤上のアルファ』だった。この際のエピソードが、さらに会場の爆笑を誘う。

 神戸新聞社は兼業禁止。不安を覚えながら、辞表を懐に上司に報告に行くと、あっさり激励される。ほっとしたのもつかの間、文化部長から「賞とった記事は自分で書けよ」との言葉。「何でですか」「おまえが一番詳しいからや」。デスクからは「絶対に訂正を出すな」と言われた塩田さん。

 「生まれて初めて、自分の名前を自分の免許証で確認しました」

 それから9作目となる『罪の声』は、1984年の江崎グリコ社長の拉致に始まり、複数の食品会社が巻き込まれたグリコ・森永事件をモチーフにした作品だ。幼少時の自分の声が犯行テープに使われた男と新聞の文化部記者、2人の視点から事件の真相を追う。

『罪の声』(講談社、1,782円)

『罪の声』(講談社、1,782円)

 発生当時、塩田さんは5歳になる少し前。母親から「お菓子、食べたらあかんで」と注意されたこと、キツネ目の男の似顔絵といった記憶は強烈に残っていたものの、事件の全体像は知るよしもない。執筆のきっかけは、大学3年のときに読んだノンフィクション本で、犯人が犯行の際に幼い子供の声を録音したテープを使っていたことを知ってからだった。

 「3人の子供の声が使われていると言われているなか、一番下の未就学児と私は同世代。同じ関西育ちということは、どこかですれ違っているかもしれない。そう思った瞬間、鳥肌が立ちました」

 関連本や当時の新聞を読み、事件に関係する人名や地名を細かに抜き出し、時系列表を作り、情報をクロスさせていく。加えて、現場にも出向き、当時の警察取材にあたった記者にも話を聞いた。

 「小説の反響で一番大きいのはどこまでフィクションかわからないということ。私自身が驚いたことを、事実と矛盾しない限り、フィクションとして織り交ぜていった。そこでリアリティーを担保できたのではないかと思います」

 もう一つ、執筆動機には、自らの娘の存在もあった。

 「私が犯人を許せないのは毒物を使って子供を人質にとった点。真犯人像ばかりにスポットがあたる事件ですが、わが子の身に置き換えるとたまらない。苦しい執筆を支えたのはそんな気持ちがあったからだと思います」

 会場からは、この物語で再び警察が動くことはないのかとの質問が出た。塩田さんは、時効を過ぎた案件なので警察が動くことは難しいとしながらも、こう答えた。

 「期待しているのはテープの子供に出てきてほしいということ。どんな人生を歩んだのか、本当に聞きたい」

(野波健祐)



 ▼プロフィール
 しおた・たけし 
 1979年、兵庫県生まれ。関西学院大卒。
 将棋担当記者の経験を生かして書いた『盤上のアルファ』が2010年、小説現代長編新人賞を受け、作家デビュー。
 12年、新聞社を退社し、専業作家に。『罪の声』は今年の山田風太郎賞を受け、週刊文春ミステリーベスト10の第1位にも選ばれた。


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