ともに考え、ともにつくる インタビュー(ポーラ 横手喜一社長)
はじめに

 さまざまな分野で活躍する方々を朝日新聞社の渡辺雅隆社長が訪ねる連載「ともに考え、ともにつくる インタビュー」の第12回は、ポーラの横手喜一社長にご登場いただきました。モノを売るだけでなく、生き方を提案――。ポーラは働く人の目標や役割を見直し、人々に寄り添う会社を目指しています。


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【ともに考え、ともにつくる インタビュー】
最前線で活躍する人々への感動が原点
( ポーラ・横手喜一社長×朝日新聞社・渡辺雅隆社長 )


▼ ポーラ・横手喜一社長 のプロフィールはこちら

 

渡辺雅隆社長(以下、渡辺) 大学卒業後、なぜポーラに入社したんですか。


横手喜一社長(以下、横手)  私が入社したのは1990年のバブル全盛期でした。最初はポーラ文化研究所志望。化粧文化の歴史などを研究しているところです。10月1日の内定式で、文化研究所に内定している自分たち以外に化粧品の販売会社や研究所、工場の内定者と一緒になりまして。


渡辺  改めてそこで、化粧品会社だと認識したということですか。


横手  そうです。でも、自分たちは他の内定者とは違うと思っていたんです。入社後の4月に全体の新人研修があって、工場に行ったり訪問販売実習もやったりしました。文化研究所に行くと思っていたので、まじめにやらず、売り上げはゼロ。



渡辺  スタートはそんな状態だったんですね。


横手  ところが研修後に発表された配属は宣伝部。最初のあいさつで「文化研究所のつもりだったのに、なぜ宣伝部に配属されたのか全くわかりません」と話したら、人事部に呼び出され、ものすごく怒られました。


渡辺  宣伝部での経験は生きましたか。


横手  合わなければやめればいい、ぐらいの気持ちで始めたんです。当時のポーラレディ(本社が契約する販売担当の個人事業主)向け社内誌の編集担当が最初の仕事です。現場の最前線で活躍する営業所長さんやポーラレディのところへ、配属翌日から取材にまわりました。この取材がめちゃくちゃ面白くて。こんなすごい人たちが現場を支えているんだ、と。自分の親世代の人が活躍する様子はカルチャーショックでもありました。取材が楽しくて、やめようという気持ちは吹っ飛びました。その時の感動が、この会社にいる原点です。


渡辺  その後、子会社の経営に携わっていますね。


横手  30代後半に、フューチャーラボというテレビショッピングの会社で5年弱ほど社長を務めました。24時間生放送の通販専門のテレビチャンネルでオリジナルの化粧品を販売するので、寝ずに仕事をしていました。ポーラ本社のような歴史の長い大組織と、20人程度のベンチャーではマネジメントの仕方や従業員の意識が異なります。どうやってモチベーションを高めてもらうか。落下傘のようにやってきた若い社長がどう関係性をつくるのか。そのプロセスは勉強になりました。今のマネジメントの前提になっています。


渡辺  具体的にはどういうことですか。


横手  ポーラのような大きな組織だと、現場から離れた本社での一人ひとりの生産性が見えにくい部分があります。フューチャーラボ時代は、全社員が生産性を最大限に発揮しないと業績は上げられません。現場に対する意識を肌で学びました。当時は社員との信頼関係ゼロからのスタート。結局は一人ひとりとしっかり話をすることで、信頼と会社の仕組みを築き上げていきました。


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役割の変化 お客さまの満足度を重視

渡辺  本社に戻ってから、中国に行かれました。どんな苦労がありましたか。


ポーラ・横手喜一社長

横手  中国では人間関係の作り方の前提が、日本とは異なるように思います。組織や立場に重きをおいたつながりより、個人としてのつながりが強い。ポーラ役員としてではなく、横手個人として何を考えているのか、を問われるんです。それを向こうが受け入れてくれたときに、初めて協力しようという話になります。尖閣沖の中国漁船衝突事件(2010年)のころでしたから、なかなか予定通り進みませんでした。それでも、中国政府の方々や従業員に支えられて何とか務めました。


渡辺  日本に戻って社長になって、ポーラレディの名称や働き方を見直しました。狙いは何ですか。


横手  いわゆる「専業主婦」と「共働き」の世帯数は1990年代に逆転しています。そのころから、訪問販売はもう通用しない、と言われていました。店舗を構えてお客様を呼び込む形に業態を変え始めて15年以上たち、社長就任の頃には、新たな基盤はできつつありました。2016年に社長になって、さらに発展させていくときに、ポーラレディの役割、使命を改めて考えてみました。


渡辺  名称に込めた役割は、どう変わったのでしょうか。


横手  ポーラレディという名称は、結局ポーラという組織の側にとっての販売員という見方なんです。でも、お客様の側から見ると、美しさを提案してくれる存在であるべきなんですね。そうするとポーラレディではなく「ビューティーディレクター」だろう、と。


渡辺  モノを売るだけではないんですね。


横手  お客様に認められて初めて存在価値があります。組織の中からの評価だけでは限界がある。世の中から見た存在をビューティーディレクターと再定義して、名称を変えることで、意識と行動を変えてもらいたいと考えました。


渡辺  ビューティーディレクターの評価基準も変わることになりますね。


横手  売上高に重点を置いていた評価の方法を改めました。顧客の継続率やエステの技能レベルなども評価・処遇に連動します。お客様や社会に好影響を与えていくことをモチベーションにしてもらうのが狙いです。


渡辺  教育や研修のあり方も変えましたか。


横手  分散していた教育機能を本社内に一元化して、現場で教育にあたるビューティートレーナーを養成しました。研修の機会も増やしています。エステのスキル、接客力、コミュニケーション能力など研修カリキュラムも種類も増えています。19年1月には、人材育成機関POLA UNIVERSITYを設立し、お客様に選ばれるための接客力を磨いています。


渡辺  訪問販売から業態が変わりましたが、地域の拠点はどのくらいありますか。


横手  全国に地域の拠点のオーナーは4200人います。単に商品やエステがあるというだけではなく、地域との関係をつくることが大切です。普段からあいさつをする、会合やイベントに関わりを持つ。そうすれば、何かあればポーラに相談しようという流れができます。


ポーラ名称変更と役割の変化

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現場は変化に敏感 改革すべきは本社側

渡辺  ポーラは今年90周年、朝日新聞は今年創刊140周年です。朝日新聞にもASA(朝日新聞販売所)を軸にしたビジネスモデルがあります。これまで培ってきた成功モデルを変えるのは、意識改革の上でも大変ではありませんか。


横手  変えるのが大変なのは現場ではなく本社側です。現場にいるショップオーナーやビューティーディレクターの方が、お客様や市場と向き合っているので、変えなければいけないという思いが強いのです。現場から離れている本社の方が、古い成功体験や固定概念が強い。
 さらに、かつて訪問販売でやっていたことと、お店を構えてやっていることは、本質的には変わっていません。お客様に向き合い、美を提案し輝かせるということ。そのことにちゃんと向き合っている人は、本社よりも柔軟に変化に対応できます。そこは、私が30年前に感銘を受けた当時のポーラレディの働き方と通じるものがあります。本社の一歩二歩先をいっている感覚です。


渡辺  自治体とも提携していらっしゃいますね。


横手  秋田県や北九州市と連携協定を結んでいます。就職活動応援メイクや高齢者施設での健康・美容講座などですね。ほかにも、女性向けのイベントの企画や、子育て中の女性の息抜きの場所をつくるなど、地域と一緒に活動をすることを、本社としても推進しています。これが最終的にはお客様を呼び込む素地になると思います。


渡辺  ASAでも、従業員が認知症サポーターの資格をとるなど認知症プロジェクトも行っています。ただの営業ではなく、地域とともにどう生きるかが問われています。


横手  まさに関係性づくりです。直接売り上げにつながること以外にも、発信していくことが大切になってきますね。


渡辺  ビューティーディレクターだけではなく、社員や会社の目標も見直していらっしゃいます。


横手  業績などの数字だけを追いかけるだけではだめだ、という考えは社員も同じです。業績は大切ですが、ポーラへの信頼度を上げること、組織や社会に好影響を与えることこそが重要。例えば「ポーラを好き」という人が30%から35%に増えたということ、こういったことが「状態」に相当すると考えています。私が社長になって、目標管理制度の改革を打ち出しました。会社全体の目標割合を、16年に「財務70%・状態30%」から「財務30%・状態70%」に変えました。部門ごとの目標は、「状態100%」です。


渡辺  部門目標に財務の分は全くないんですか。


横手  はい。以前は会社全体の目標を分割して割り振っていました。しかし部門ごとに数値を達成することよりも、それぞれの役割を果たしているかを「状態」で評価することに徹しました。社員の価値観や仕事の仕方を、短期的な業績の数字でみるのではなく、お客様と向き合うビューティーディレクターなどのビジネスパートナーに対して、何を提案できるかという観点で評価します。


渡辺  組織風土や価値観の改革にもなりますね。粉飾決算などの不祥事も、数字を追いかける姿勢が行き過ぎて起こっています。状態をよくすることで、財務もよくなるのが理想的な形です。


横手  本当にそうです。一人ひとりの意識が変わって生産性が向上すれば、当然経営効率もよくなるわけですから。とはいえ、これを徹底し、実現するには時間がかかります。今はそれを目標に掲げて努力しているところです。


渡辺  生産性と言えば、働き方改革です。ポーラには女性が多いイメージですが、働き方改革と女性活躍についてはどうお考えですか。


横手  もともとビューティーディレクターなどの女性に支えられている会社です。女性の執行役員も3人おり、リーダーも多い。男性だから、女性だからという考え方があまりないのがポーラの特長だと思います。そうはいっても出産や育児がキャリアアップの妨げにならないように体制整備を進めています。自宅やカフェなど仕事場を選ばず、勤務時間も自分の都合に合わせて設定できる「どこでもワーク」は全社員が利用できます。子育て中の社員を中心に評判は上々です。ほかにも傷病時短勤務や、時間単位の有給休暇制度があります。


渡辺  再雇用制度についてはどうですか。


横手  社員の再雇用については上限年齢を撤廃しました。60歳で定年になりますが、その後の再雇用については会社と相談の上で、何歳まででも更新することができます。そもそもビューティーディレクターには定年がなく、約4万5千人のうち80代が約2300人、90代が約290人います(18年12月時点)。


渡辺  長く活躍されるんですね。


横手  お客様に喜ばれる、待っていてくれる方々がいる。それは大きな原動力です。そういう現場の方々がいるのに、なぜ社員は年齢で区切るのだろうか、と。再雇用の上限年齢撤廃はビューティーディレクターの働きぶりに後押しされました。


ポーラ 横手喜一社長×朝日新聞社 渡辺雅隆社長


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時代の先端へ 生き方提案する商品に

渡辺  研究部門のお話をうかがいます。大ヒットしている「リンクルショット メディカル セラム」(シワ改善美容液)は、研究開発に長期間かかったときいています。


横手  研究8年、申請から7年で計15年です。研究では、担当者が自分自身の顔の片方のほうれい線に8年塗り続けて、左右の違いで効果を実証しました。いい形で市場に受け入れられましたね。


渡辺  市場のニーズをどうくみ取るのですか。


横手  ポーラの商品は提案性が強いのが特徴です。顕在化しているニーズに対応するよりも、他社と違う、時代の先端をいくものをつくっていこうという気風はあります。
 女性の社会進出が進み、化粧や美容についても、単に美しさだけでなく、社会での役割に応じたものや個性の発揮、さらには生き方への提案性が求められる時代になってきました。例えば別の新商品「V リゾネイティッククリーム」のお客様に対するメッセージは、効果をあえて押し出さない。「あなたは、だれかの勇気だ」です。


朝日新聞社・渡辺雅隆社長

渡辺  がんとの共生をめざす「ネクストリボンプロジェクト」や、育児と仕事の両立を応援する「WORKO!」にも協賛してくださっています。


横手  創業時から変わらない理念として、その人が持っている可能性を引き出すお手伝いというのがあります。組織の中でも外でも、その理念は追求していきたいと思います。


渡辺  18年は訪日外国人が3千万人を超えました。海外のお客様についてはどうですか。


横手  ようやくポーラのブランドが知れ渡りつつあります。海外のお客様との接点を広げていくことが課題です。ここでも、お客様と向き合って提案するポーラらしさを出していきたいですね。
 例えば、ポーラの宣伝映像に、「死に化粧」を扱ったものがあります。ビューティーディレクターが何十年も担当したお客さまから「私が死んだらあなたに死に化粧をお願いしたい」と頼まれるんです。販売員とお客様の関係を超えた、人と人としての関係がそこにある。外資ブランドのトップからは、アンビリーバブルと言われました。


渡辺  私たちが問題を起こしたときに痛感したのは、地域の人々とのつながりの重要性です。配達するASA従業員とお客様の関係がしっかりできているところは、簡単には購読をやめないんです。叱咤(しった)激励してくれるケースもありました。


横手  ITが進化して、メディアの形が変化している時代だからこそ、人と人との関係性が問われます。人々の課題について一緒になって考える、応援する。こういうことが、ブランドの価値につながっていくのだと思います。


ポーラ・オルビスHDの業績


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  プロフィール

横手喜一(よこて・よしかず)氏 横手喜一(よこて・よしかず)氏 プロフィール
 よこて・よしかず
 1967年生まれ、東京都出身。一橋大学社会学部卒業後、90年ポーラ化粧品本舗(現・株式会社ポーラ)に入社。宣伝部門や経営企画部門を経て2006年にフューチャーラボ社長、11年にポーラ中国担当執行役員、15年にマーケティング担当執行役員兼商品企画部長。16年に社長就任。



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  ポーラ

 1929年に静岡で創業。化粧品訪問販売事業で成長。2006年ポーラ・オルビスホールディングス設立、持株会社制に移行。07年にポーラ化粧品本舗は株式会社ポーラに社名変更。従業員は1621人(18年12月現在)。18年12月期のホールディングスの連結営業利益は394億9600万円。


 

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