ともに考え、ともにつくる インタビュー(ANAホールディングス 片野坂真哉社長)
はじめに

 さまざまな分野で活躍する方々を朝日新聞社社長の渡辺雅隆が訪ねる連載「ともに考え、ともにつくる インタビュー」の第16回は、航空会社国内最大手、朝日新聞社出身者が創業メンバーだった全日空の持ち株会社である、ANAホールディングスの片野坂真哉社長にご登場いただきました。


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【ともに考え、ともにつくる インタビュー】
ヘリコプター2機から創業、新領域に積極進出
挑戦を続けるブルーの翼
( ANAホールディングス・片野坂真哉社長×朝日新聞社・渡辺雅隆社長 )


▼ ANAホールディングス・片野坂真哉社長 のプロフィールはこちら

 

ヘリコプター2機から創業、新領域に積極進出 挑戦を続けるブルーの翼

渡辺雅隆社長(以下、渡辺) ANAさんと朝日新聞社は昔からすごく関係が深い。朝日新聞社内の資料を読んでいると、全日空の創業者で初代社長の美土路昌一(みどろ・ますいち)さんのことなどがよく出てきます。


ANAホールディングス・片野坂真哉社長

片野坂真哉社長(以下、片野坂)  美土路さんと同じく弊社創業メンバーの1人、中野勝義さんも朝日新聞航空部出身ですね。羽田空港の研修所に、美土路社長の写真や残した言葉、創業期の逸話などを展示し、若い人が見られるようにしています。


渡辺  美土路さんがおっしゃった「現在窮乏(げんざいきゅうぼう)、将来有望」という言葉が、御社内に掲げられていると聞いたことがあります。


片野坂  私が1979年に入社した際、研修時に配られる本にも掲載されていましたが、今もなお、扁額(へんがく)が役員会議室に飾ってあります。


 
美土路 昌一(みどろ・ますいち)氏

美土路 昌一氏

ANAホールデイングス本社の役員会議室に飾られた扁額

ANAホールデイングス本社の役員会議室に飾られた扁額

 美土路 昌一(みどろ・ますいち)氏は、1886年、岡山県で生まれた。1908年東京朝日新聞社入社。通信部長、整理部長、航空部長、編集局長などを務め、45年退社。敗戦に伴い、同年、GHQが民間航空の全面禁止を命令、失業した航空関係者の救済を目的として設立された「興民社」(こうみんしゃ)の会長に就任した。公職追放解除後の52年、「日本ヘリコプター輸送」を設立して、社長に就いた。57年全日本空輸社長に就任、会長、相談役などを務めた。64年朝日新聞社に戻り、社長に就任した(67年まで)。73年86歳で生涯を閉じた。

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空港の格納庫で行われる入社式「安全が全て」

朝日新聞社・渡辺雅隆社長

渡辺  入社式は例年、「現場」である羽田空港の格納庫で開くと聞いています。


片野坂  今年は残念ながら、新型コロナウイルス感染拡大のリスクから中止しました。例年、グループ会社を含め約3千人の新入社員が、旅客機が置かれた格納庫に集います。私のあいさつは、過去の航空機事故の話からはじめます。最初の15分間は、沈痛な話になります。「安全が全て」ということを私が冒頭に繰り返します。


渡辺  新入社員にとっては相当重いですね。気構えから入るのはANAさんらしいです。


片野坂  1971年、岩手県雫石の上空で自衛隊機との衝突事故が起きました。現在の経営陣、社員でこの事故を経験したものはいませんが、全社員が受講する安全啓発の研修では、雫石事故の際、現地対応をしたOB社員のインタビュー映像を視聴します。私が昨年、日本航空ジャンボ機の墜落事故(85年)が起きた群馬県の御巣鷹の尾根に登った際、平日でしたが、航空会社や鉄道会社の社員もいました。我々の羽田のスタッフもいて、過去のエピソードを学ぶ姿勢は若い人にも受け継がれていると感じました。


渡辺  航空業界では、パイロットや客室乗務員の飲酒問題が相次いで起きました。社員をどのように啓発していきますか。


片野坂  個人が起こしたアルコールの問題であっても、会社全体が社会から糾弾されます。経営トップとして、会見で謝罪をしたり、減俸をしたりしますが、根本の原因をえぐり出していかないと、解決しません。依存症の疑いがある社員を見つけ出し、アルコール依存症の専門病院に行くよう指導しています。アルコールの問題は他社でも起き、業界団体の「定期航空協会」で取り組んでいます。


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入社時の思い「国際線進出」業務に邁進

渡辺  ANAさんは、創業時から、「チャレンジする企業」でした。片野坂さんは国際線に進出する仕事に関わられていたんですね?


片野坂  創業当初から後発会社で、路線は国内のローカル線だけでした。先行会社は、確固としたナショナルフラッグキャリア。創業者は、「とにかく成長しよう」と、航空機を積極的に購入しました。私は入社時に、「国際線に進出したい」という強い思いがあり進出業務に邁進(まいしん)しました。ANAは「成長するDNA」「挑戦するDNA」を持っています。国際線進出業務に携わる社員は少人数でしたが、進出を否定する経営者はいませんでした。86年に国際線に進出してからも、何度も浮き沈みがあり、赤字が17年続き、撤退すべきだという議論がありました。しかし、歴代の社長は誰一人、やめようと考えませんでした。

 私は、2015年に社長に就任し、5年たちましたが、これからも新規路線を増やしたいと思っています。就航できる路線が少なくなってきたという声が社内にありますが、まだ、アフリカや南米へ飛んでいません。この5年間に就航したヒューストン(アメリカ)やブリュッセル(ベルギー)、プノンペン(カンボジア)路線は、着実に需要が伸びてきています。


渡辺  17年間、赤字が続いても国際線をあきらめなかった。


片野坂  国内線に国際線の赤字を補う力がありました。現在、新幹線が全国各地に延伸しつつあり、また、人口も減少しています。その結果、国内線の売り上げが減少します。ANAの特徴は経営陣が、国に対して政策提言を積極的に行うことだと思います。代表例が、「羽田空港の国際化」。当時、成田が国際線、羽田が国内線と分けられていました。羽田国際化構想はANAが提案したものでした。しかし当時は官民双方から否定的な意見がありましたが、10年以上言い続けてきて、今日があります。結果、羽田の国際線の乗客数は非常に伸びました。


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航空機のCO2排出・廃棄機内食削減でSDGsに注力

渡辺  近年、SDGsにも力を入れていますね。


片野坂  ESG(環境・社会・企業統治)投資とSDGsはこの数年間に急速に意識が高まりました。当社の財務データなどを記載している統合報告書では、私のメッセージ文の中で、「ESGを通じて、SDGsの達成に貢献しよう」と呼びかけています。また、SDGsに詳しい大学教授との対談を2年続けて掲載しました。航空会社ですから、航空機の二酸化炭素排出はテーマ中のテーマです。人権、バイオ燃料、野生動物の保護など、SDGsが掲げている17のゴールの中で、現在7,8個の目標を掲げています。社員には17のゴールを全部カバーしようじゃないかと呼びかけています。まだまだ、捨てている機内食は少なくありませんが、事前注文制も少しずつ始まりました。また、人権のテーマでは、航空機を使った人身売買を防止するため、海外の航空会社を招いて、シンポジウムを開催しました。


SDGsロゴ


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客室乗務員やスタッフ部門の女性が社内外で活躍

渡辺  ダイバーシティへの取り組みについてもお聞かせ下さい。


片野坂  私が社長に就任した際、「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を出しました。大きな柱の一つは、女性の活躍です。私が04年に人事部長になったときに、女性いきいき推進室を創設しました。女性室長のもと、女性の役員を2人以上にすることを目標に掲げ、5年後、5人になりました。


渡辺  朝日新聞の「ひと」欄に、女性が登場する割合は3割程度です。社内の登用だけでなく、紙面で取り上げる人の男女比率も大切だと思います。


片野坂  ジェンダーバランスで一番議論になるのが、意欲の高い女性を積極的に登用する「ポジティブアクション」です。これに対しては、「女性自身に無理を強いることになる」など様々な意見が出ますが、トップが許された範囲で、号令を出すというのは大きいと思います。ANAは、女性の客室乗務員が多く、本社などスタッフ部門に異動しても大活躍しています。全国の銀行の社外役員にもANA出身者の女性が3~4人います。もっと女性に要職に就いてもらいたいと考えています。


渡辺  女性の管理職比率はいかがですか。


片野坂  15%を目標にしていますが、現在14%台です。客室乗務の部門は女性管理職が多く、全体の数値を上げている部分もあります。今後は、本社などのスタッフ部門で女性の部長、課長がもっと増えていくと思います。航空機の運航支援部門に10年いた女性が社外のコンテストで金賞をとったこともあります。また、別の女性社員は、上昇気流と航空機の飛行について研究し、燃料の節約につながる運航方法を社内提案しました。仕事を通じて、能力を高めている社員が増えている実感があります。


渡辺  3年前、大阪・伊丹空港で私が乗る予定だったANAの便が遅延した際、女性社員の方がライバル社への変更を手配してくれたことがありました。


片野坂  以前、渡辺社長とお話しした際、その女性社員の話をうかがったので、私からその女性社員にグッドジョブカードを贈りました。いい仕事をした社員に、「いいね」の気持ちを伝え合う制度です。機内でも、優れた対応をした客室乗務員や、良いアナウンスをした機長に渡すことがあります。


「グッドジョブカード」。裏面(右側)にメッセージなどを書き込んで贈る。

「グッドジョブカード」。裏面(右側)にメッセージなどを書き込んで贈る。


渡辺  カードをいつも持ち歩いているのですか?


片野坂  常にカバンに入れています。グッドジョブカードをたくさんもらった人は、職場で工夫して、みんなで表彰するなどしています。褒める文化です。また、活躍した社員が掲載されているThe ANA Bookというブックレットを全員に配っています。


渡辺  社員がお互いに気にかけ、ちゃんと見ているという言う意識、気配りがいいですね。


片野坂  ANAは、パイロット組合や地上組合とのコミュニケーションを大事にしてきた歴史があります。経営陣は、パイロットらと意見交換の場を設けることもあります。生の声を聞くことは、大変重要で、現場の声を直接トップに伝えてよいと言っています。香港のデモ、コロナウイルス対応、北朝鮮のミサイル発射などがありますが、現場の状況は現地の支店長が一番よくわかっています。情報のルートが複数になると混乱しかねないという意見がありますが、緊急事態の際には問題ないと思います。航空会社は、元来、労働組合が強く、かつてはストライキもありました。当社では労組が、会社に経営提言をします。労働組合の立場から組合員に経営に関するメッセージを発するのは大事だと考えます。


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宇宙事業への投資、ドローン、新しいことに積極的に取り組む社風

渡辺  中期経営計画が未達で何度も作り替えたという話をうかがいました。


片野坂  1997年のアジア通貨危機の時から、6期連続で無配になりました。毎年、経営計画を作りましたがうまくいきませんでした。当時は、財務体質が非常に弱く、ホテルなどの売却もままなりませんでした。堅実、健全な財務体質を持っておけば、新規事業に取り組む際にも、力を発揮します。チャレンジをして会社が倒れるわけにはいきません。経営改革に取り組んだ結果、現在の自己資本比率は、安全性が高いと言われる40%を超えています。


渡辺  新しいチャレンジをするためには、本業がしっかりするとともに、財務体質が堅実であることが極めて大事です。宇宙事業への投資やデジタル・デザイン・ラボの創設など新しいことにも取り組まれていますね。


片野坂  入社した際の社内報に、「いまは国内線の会社だが、将来は国際線や宇宙にも進出する」と書きました。社長就任時の長期構想にも、「次は宇宙事業」と掲げました。必ず、宇宙旅行の時代が来ると思っています。後輩たちに、事業のタネを作っておくという狙いもあります。

 ラボは20人ぐらいの組織で、30代の社員が多いです。彼らが、ドローンや、分身型コミュニケーションロボット「アバター」事業などに取り組んでいます。

 ドローンチームは、アフリカのザンビアで検査用血液検体を輸送する実証実験を行いました。昨年の台風災害の際は、東京都奥多摩町で支援物資を運ぶなど具体的に動き出しています。先端技術を紹介する国内最大級の見本市「シーテック」で、アバターの講演をしたところ、医療機関などから申し込みが入りました。今年の夏までに、1千台販売したいと考えています。


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新聞社は、社会部・政治部などの縦割りをなくし、幅広い知識をもって取材を

渡辺  朝日新聞へのご意見をお聞かせ下さい。


片野坂  新聞社には、若者を紙に戻す努力を続けてほしいと考えています。若者は、SNS等を通じて、発信者が選んだ情報を読むことになります。新聞の強みはあらゆる分野の情報が掲載されており、読者は、その中から自分に必要な情報を選べる訳です。大きな違いです。最近、署名記事が増えてきましたが、記者の名前を、さらに前面に出した方がよいと考えます。社内で、「経営企画室がこう言っている」といったように組織名で発言しないように指示しています。「経営企画室のAさんは何々と発言している」と社員個人の名前で発信するよう呼びかけています。

 もうひとつ、新聞社のトップにぜひお願いしたいのは、社会部、政治部などの縦割りをなくしていただきたいです。政治部の記者が経済音痴はダメですし、社会面の記事の中にも経済が入らなくてはいけないと思います。

ANAホールディングス・片野坂真哉社長×朝日新聞社・渡辺雅隆社長


渡辺  それは痛切に感じています。社会部、政治部、国際報道部というかつての枠組みでは、対応しきれない取材もあり、複数部からなるチームで対応するケースも増えています。その時その時のテーマにそって、チームで動いていく方が、状況にあわせて対応できます。担当分野について勉強し、専門知識を持った上で、横串を刺した仕事ができるようになってほしいと考えています。

(このインタビューは2020年3月4日に行われました)


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  プロフィール

片野坂伸一(かたのざか・しんや)氏 片野坂伸一(かたのざか・しんや)氏 プロフィール
 かたのざか・しんや
 1955年鹿児島県生まれ。79年東京大学法学部卒業、同年入社。2004年人事部長。07年執行役員、09年取締役執行役員、11年常務、12年専務。同代表取締役副社長執行役員。15年4月代表取締役社長に就任。



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  ANAホールディングス

 1952年 第2次世界大戦により壊滅した日本の定期航空事業を再興することを目的に「日本ヘリコプター輸送株式会社」を設立、ヘリコプター2機からスタートした。57年、社名を「全日本空輸株式会社」に変更。86年、初の国際定期便(成田-グアム)運航開始。99年、世界の航空会社間の連合組織「スターアライアンス」に加盟。2011年、米航空機メーカー「ボーイング」と共同開発した次世代機「B787」の運航を世界に先駆け開始。2013年、持ち株会社制に移行し、ANAホールディングス株式会社としてスタート。
航空会社を識別するため、国際航空運送協会(IATA)によって定められたANAの航空会社コードは、「NH」で「日本ヘリコプター輸送」に由来する。
連結売上高2兆583億円(2018年度)。運航航空機数304機。年間輸送旅客数5440万人。従業員数4万3466人。就航都市94(国内線50、国際線44)。


 

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