ともに考え、ともにつくる インタビュー(国立新美術館 逢坂恵理子館長)
はじめに

 さまざまな分野で活躍する方々を渡辺雅隆社長が訪ねる連載「ともに考え、ともにつくる インタビュー」の第18回は、国立新美術館の逢坂恵理子館長にご登場いただきます。逢坂館長は朝日新聞社も主催企業となっている横浜トリエンナーレで、総合ディレクターや組織委員会委員長などを務めてきました。新聞社の文化事業への関わり方などについてお話を聞きました。


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【ともに考え、ともにつくる インタビュー】
美術館は「生身の人間が人間であること」を確認する場
( 国立新美術館・逢坂恵理子館長×朝日新聞社・渡辺雅隆社長 )


▼ 国立新美術館・逢坂恵理子館長 のプロフィールはこちら

 

国際展の開催は、アーティストを勇気づけ、支援することにもつながる

国立新美術館・逢坂恵理子館長

渡辺雅隆社長(以下、渡辺)  逢坂さんは、横浜トリエンナーレで、2011年から総合ディレクターなどを務めてきました。20年は、コロナ対策をとりながらの開催となりました。海外から出展するアーティストも多いなか、苦労されたのではないですか。


逢坂恵理子館長(以下、逢坂)  海外のアーティストが素材を送ることができなくなり、学芸員たちは国内や東アジアで急きょ資材を調達するなど、臨機応変な工夫が必要でした。作品の設置状況を映像で撮って、リモートで確認する作業が続きました。英語に堪能な女性たちの奮闘が光りました。
 これまで、アーティスティック・ディレクター(以下、AD)は日本人でしたが、今回、インドの3人組のアーティスト集団「ラクス・メディア・コレクティヴ」にお願いしました。20年1月までに7回来日して、作品調査やプレイベントを実施し、展示構成も協議してほぼ固めていました。実面談を重ねていたことで、リモートでも開催準備を進められました。リモートだけでは、実現できなかったと思います。


ラクス・メディア・コレクティヴ

ラクス・メディア・コレクティヴ=田中雄一郎氏撮影、横浜トリエンナーレ組織委員会提供


渡辺  当社はコロナ禍のなか、全日本大学駅伝大会、福岡国際マラソンを縮小して実施しました。選手たちが「開催してくれてありがとう」と言っていたのが印象的でした。横浜トリエンナーレの開催を決めたことへの思いを教えてください。


逢坂  各地で展覧会がキャンセルされるなか、私たちは、実際に作品鑑賞できる機会の大切さを認識していたので、来日できなかったADの同意を得て、三密対策を検討し、実現に踏み切りました。大きな国際展の開催は、創作の機会を保持してアーティストを勇気づけ、支援することにもつながります。初日、ADとアーティストにリモートで展示風景を生配信しました。海外アーティストからも開催への感謝の言葉が寄せられました。


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美術館は「生身の人間が人間であること」を確認する場

朝日新聞社・渡辺雅隆社長

渡辺  オンライン展示が広がり、新たな価値を生み出しています。一方で、美術作品を実際に見ることも大切です。


逢坂  その場に足を踏み入れて、五感を使って体験することは、デジタルを通して感受する体験とは別ものです。例えば、「モナ・リザ」。実際に見ると、「こんなに小さい絵だった」という感想を持ったり、筆遣いや色使いも思っていたものとは違ったりするはず。美術館は「生身の人間が人間であること」を確認する場、そして、多様性を理解するきっかけの場になると思っています。


渡辺  有名な作品は知っていても、その作家が描いたほかの作品は知らないことがある。企画や展示を通じ、一人の作家の仕事のつながりを見ることで、新たに気がつくこともあります。


逢坂  若い時に「いいな」と思っていた作品が、年齢を重ねると、「ちょっと違うな」と思うこともある。美術に携わる面白さは、作品を通して想像力を刺激されて、多様な気づきを得ること。一つの作品をどう享受するかが変わっていく過程が、多様性を示していると思うんですね。美術鑑賞に正解があるわけではなく、自分の心の中の価値に気づくということに意味があると思います。
 現在の生活やビジネスは、短期間で成果を上げて、「正解はこれだ」というデジタルな判断を重視しています。でも、私たちの生活は、白か黒かではなくほとんどがグレーでアナログ的です。あいまいなグレーの社会に生きていることを美術を通じて伝えることができればと思っています。


渡辺  国立新美術館で、昨夏に開催した「古典×現代2020」も興味深い展示でしたね。


逢坂  古美術が好きな人は、古典を楽しみながら現代美術にも親近感を覚えたり、現代が好きな人も過去との思いがけないつながりを楽しめたりしたのではないでしょうか。別々だった両者を向かい合わせることで、気づかなかった視点から、古典と現代を見ることができたのではと思います。既成の考え方、感じ方をシャッフルしてくれる広がりのある展覧会でした。


ラクス・メディア・コレクティヴ

「古典×現代2020」の展示風景。花弁をかたどった尾形乾山の器(手前)と、ケースの上につり下げられた皆川明のテキスタイル=2020年3月24日、国立新美術館、大西若人撮影


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時期を捉えて、構成して開くべき展覧会もある

渡辺  新聞社も展覧会に携わっています。来場者が多いと「よかった」となりますが、それが来場者の満足度アップにはつながるとは限らない。国立新美術館で17年に同時期に開催した「草間彌生 わが永遠の魂」と「ミュシャ展」に、プライベートで足を運びました。草間彌生展で並び、ミュシャ展で並び……と、すごく並びました。このような形でいいのかなという思いもあります。


逢坂  確かに、17年は来館者数が極めて多かった。あの年の来館者数がその後の設定目標になってしまった。がんばっても、到達できない。数字のみに価値基準をあわせることで、その後の苦しみは続きます。観客が多くなくても、時期を捉えて、きちんと構成して開催するべき展覧会もあります。そうした事業がやりにくくなったのは残念です。特に国の美術館としては。


渡辺  09年に上野・国立博物館で開催した「阿修羅展」は、普段は正面からしか見られない像を、どの向きからも拝観できるような工夫をして、多くの来場者を集めました。工夫が大事だと思う一方、密にならずに見てもらいたい。バランスが難しいと思います。リアルでゆったり見てもらい、オンラインで学芸員の話を聞けるなどのプラスアルファを提供することができるかもしれません。


逢坂  皮肉なことに、コロナの感染拡大で、来館数が減っている分、鑑賞環境が整い来館者の滞在時間が長くなり、じっくりと見てもらえるようになりました。デジタルにも可能性があります。コロナ後は、実体験とともに、デジタルの活用は広がっていくかもしれません。


国立新美術館2階「サロン・ド・テ ロンド」=国立新美術館提供

国立新美術館2階「サロン・ド・テ ロンド」=国立新美術館提供


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学芸員の6割が女性、館長は約75%が男性

渡辺  学芸員の6割が女性ですが、館長は約75%が男性です。横浜美術館や森美術館も女性が館長になりました。感じていることはありますか。


逢坂  これまで、日本の館長は美術以外の組織、例えば首長、財界などで有名な人が、名誉職的に就任することが多かった。国公私立約400の美術館で構成される全国美術館会議を見ても、美術界での蓄積があって、フルタイムでマネジメントにも携わる館長はそんなに多くありません。
 以前は学芸員の大半が男性で、その学芸員が勤め上げて館長となる時代になった。その後に増えた女性の学芸員もいずれ館長になっていく流れにあると思います。でも、現状は少なすぎるので、女性館長が増えた方がいいと思います。私は、女性の学芸員が増える時代より前から、男性に囲まれ、男性の仕事ぶりを観察して教えられてきました。男性なら許されても、女性が同じことをすると許されないことも仕事の上では多々あります。
 私自身、男女差やガラスの天井を意識することなく働くことができたのは、従来の考えに縛られない現代美術分野だったからだと思います。


渡辺  私はもともと記者で、夜回り、朝駆けの取材を重ねてきました。それが急に社長になり、戸惑いもありました。逢坂さんはいかがですか。


逢坂  学芸員を続けられれば幸運と思っていたので、館長は想定外。館長の器とも思えないし、受けるべきか悩みました。館長には、美術界での知識や経験の蓄積に加え、マネジメント能力や労務管理などのきちんとした考えも必要です。できる範囲で誠実に仕事に向き合い、成果を出していかなければならないと思いました。
 公立美術館の学芸員になったのは40代初めで、それ以前は企業でも働き、美術界ではフリーで様々な仕事をしてきました。そうした経験は無駄ではなかった。今でも仕事の悪夢をみたり、力及ばず落ち込んだりすることが多々ありますが、切り替えとユーモアも必要とつくづく思います。


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美術界では表現の幅は時代とともに拡張する

渡辺  大阪では、文楽協会への補助金の廃止が話題になった時期もあります。行政は、水道などのインフラ整備や、消防・警察などの安心安全への施策も大切ですが、人間らしく暮らしていくための文化を支えていくことも大事だと思います。


逢坂  文楽は日本文化が培ってきたかけがえのないものだという俯瞰的な視点が必要です。日本は海外と比べて文化的に劣っているわけではありません。豊かな文化があるのに気がつかずに、「欧米がすごい」と……。文化を重層的に認めることが多様性につながります。


渡辺  ここ最近、表現の自由が取り沙汰されることが多くなったと感じます。実際に見ていないものについて、ツイッターなどの書き込みをうのみにして、電話などで攻撃してくる。そして、説明しても聞いてもらえない。朝日新聞社もそのような経験があります。SNS時代、展覧会を開催する側のリスクになっているような気がします。


逢坂  信憑性がない表層的な情報やうわさで、電凸し、特定の人々が攻撃にさらされることが、日常化していることに大変危惧を抱いています。
 美術界では表現の幅は時代とともに拡張しています。「これは作品ではない」と言われていたものが、後に評価されるということが連綿と続いています。けれど、本来の表現の自由の議論を深めることなく、別次元での対応を迫られることが多くなりました。
 現代美術に興味を持つ人はいまだにマイノリティーですが、教育プログラムなどで地道に伝える努力を重ね、理解してくれる人を増やすことは、主催者にとって重要です。現代美術の大きな国際展を開催すれば人が集まって地域経済が潤うというわけではありません。主催者はブレないように芸術祭を開くことの意義を考え、その認識を共有する必要があります。そして、継続は力なりです。横浜トリエンナーレも20年続いたことによって、市民に徐々に浸透してきたと実感しています。美術館の来館者は7割が女性ですが、昨年の横トリには、若いカップルや親子連れが多く、また1人で来る中高年の男性も目立ちました。


「ヨコハマトリエンナーレ2020」展示風景=大塚敬太氏撮影、横浜トリエンナーレ組織委員会提供

「ヨコハマトリエンナーレ2020」展示風景=大塚敬太氏撮影、横浜トリエンナーレ組織委員会提供


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美術館の活動には、予算の確保とともに内部制度の改善が必要

渡辺  新聞社は読者サービスの観点で、展覧会に携わってきました。いまは、事業としての意味合いが濃くなっています。新聞社がイベント事業に関わることについて、どのようにお考えですか。


逢坂  戦後の貧しい時期から、文化活動の底上げに新聞社が貢献してきました。特に国の美術館では、予算面では新聞社におんぶに抱っこでやってきましたが、国、新聞社両方で出資しながら、共同でやる方が健全だと思います。新聞社が文化事業にこれだけ関わっているのは、日本独特です。新聞社は紙の売り上げは厳しく、デジタルも課題があるなかで、文化事業への支援の削減を選択せざるを得なくなるのではと思います。芸術がどれだけ、生きていく上で必要なのかを伝える側に立ち、来館者数が見込めるだけではない芸術も支援してもらえればと思います。
 文化振興を強いものにしていくためには、国がもっと予算を割くべきです。日本は芸術に対する予算配分は低く、民間に頼ってきた。民間の方が機動力はありますが、美術館のような活動は、過去と未来をつなぐために、長いスパンでものごとを考えて、展開していかなければならない。行政に予算配分を求めることにも、一緒に取り組んでいけたらと思います。


渡辺  新聞社として、収益を上げながら展覧会を回すノウハウは蓄積されつつあり、もう少し広げて事業をやりたいという思いもあります。でも、展覧会ができる館の数は限られている。学芸員など豊かな知見があるのだから、外部ネットワークとの連携も大切だと思います。


逢坂  欧米の美術館は時代とともに発展しています。ロンドンにあるテート・モダンは発電所を改装して00年に開館しました。想定以上の来館者数を得て、教育活動を充実させるために新館を建てました。パリのルーブル美術館、ニューヨーク近代美術館(MoMA)も改装を繰り返して発展し、職員数も2千人規模です。学芸員のほかに、教育、広報、展示デザイン、作品保全、資金調達、調査、輸出輸入管理、法務などの無数の専門家が美術館を支えています。展覧会は花形で重要ですが、全体の一部にすぎないのです。
 日本は開館の時は華やかですが、徐々に運営が厳しくなるケースが多い。国立新美術館の場合、四十数人の職員のうち約6割が有期雇用。次世代の人材を育成できないという矛盾を抱えています。日本は外部委託業務も多いけれど、内部にもっと専門家が必要です。民間の方たちと、わくわくするようなことがやりたいと思っても、新しいことができるような状況ではない。美術館が生き生きと活動できるように、予算の確保とともに内部制度を改善していく時期だと思います。


火力発電所を改装したテート・モダン=2008年4月30日、ロンドン、大西若人撮影

火力発電所を改装したテート・モダン=2008年4月30日、ロンドン、大西若人撮影


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変化球も使って人権や本質に迫る報道を

渡辺  朝日新聞社は、ジェンダー平等宣言を出しました。女性の管理職が増えれば紙面も変わると思います。朝日新聞についてご意見ありますか。


逢坂  新聞はニュースの速報性とともに正確性が求められる一方、様々な出来事の背景を掘り下げる検証や見えない事実の探求も必要ですね。その点では「耕論」や専門家インタビューをよく読みます。多様なものの見方では、「悩みのるつぼ」や「折々の言葉」も目を通します。女性記者や解説者の記事も増えてきました。
 物事を異なった複数の視点で見る力、見えないことを想像する力は、実は、美術鑑賞がもたらしてくれる成果でもあります。コロナ禍後は、対立するのではなく助け合って共存するために、寛容の精神を今まで以上に自覚して発揮することが求められると思います。異なる他者との共存、多様性の受容は言葉では簡単ですが、実際は容易ではありません。ある事柄について違和感があった時、自分に引き寄せて考えると同時に人間や地球にとってどうなのか、異なる視点で対象を観察、分析できるようになりたいと思います。
 かつて、女性の衆議院議員が「同性カップルは子どもを産まないから生産性がない」という趣旨の主張をし、批判されました。単に同性愛者だけでなく、子どもがいない夫婦に対しても侮辱する発言なのに発言者も周囲も自覚はないようでした。リアルとバーチャルが混然一体となった現在、正攻法での批判だけでなく、変化球も使って人権や本質に迫る報道を続けてほしいと思います。

(このインタビューは2020年12月8日に行われました)


国立新美術館・逢坂恵理子館長×朝日新聞社・渡辺雅隆社長


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プロフィール

逢坂恵理子(おおさか・えりこ)氏 逢坂恵理子(おおさか・えりこ)氏 プロフィール
 おおさか・えりこ
 国際交流基金、ICA名古屋を経て、1994年、水戸芸術館現代美術センター主任学芸員、97年から2006年まで同センター芸術監督。07年から09年1月まで、森美術館アーティスティック・ディレクター、同年4月から20年3月まで、横浜美術館館長。19年10月に国立新美術館長に就任。
 01年第49回ベネチア・ビエンナーレで日本館コミッショナー、11年第4回から20年第7回の横浜トリエンナーレで、総合ディレクターや組織委員会委員長などを務めた。



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国立新美術館

波打つような曲線を描く国立新美術館の外観=国立新美術館提供

波打つような曲線を描く国立新美術館の外観=国立新美術館提供

〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
開館時間:午前10時~午後6時、火曜休館(火曜が休日の場合は開館、翌平日休館)
ホームページ:https://www.nact.jp

 2007年、東京・六本木に開館。約1万4千平方㍍と、国内最大級の展示スペースを誇る。収蔵品を持たない美術館で、日展など美術団体による公募展や同館による企画展などの開催、美術に関する情報や資料の収集、公開、提供、教育普及など、アートセンターとしての役割を担う。
 波打つような曲線を描く巨大なガラス壁面が特徴的な建物は、「森の中の美術館」をコンセプトに、建築家黒川紀章さんが設計した。


 

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