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 勇気と誇り、リオから
沸いた地元「次は私たちが」 リオ・パラリンピック
 (朝日新聞社発行 2016年09月20日付 朝刊 27ページ)

 自分の甘さに気づき、目標を見つけた若者がいた。苦境を越えて出場し、世界に平和を訴える選手がいた。南米初のリオデジャネイロ・パラリンピックが全ての競技を終え、閉幕した。様々なドラマを生んだ祭典を、私たちは4年後、東京に迎える。

パラリンピックの閉会式で「TOKYO 2020」の小旗を振る日本選手団=18日、マラカナン競技場、井手さゆり撮影

■競泳7種目に出場・池

パラリンピックの閉会式に参加した池愛里(左)  競泳女子の池愛里(18)にとっては初のパラリンピックだった。7種目に出場したが、個人種目はひとつも決勝に進めなかった。
 9歳の時に小児がんを患い、腫瘍(しゅよう)は手術で摘出したが、左足首から先にまひが残った。リハビリで水泳を始め、12歳から本格的に取り組んだ。昨年、東京都内のスイミングクラブで健常者の選手との練習を希望した。しかし、問い合わせた5カ所には「障害者を受け入れた前例がない」「タイムが遅い」などと断られた。
 幼いころ、障害者は弱い人と思っていた。足が不自由になっても、受け入れられず、「障害者手帳」を申請したのは中学2年になってから。だから自分に向けられる視線もわかった。
 豪州に渡った。「泳げるならおいで」と誘われ、クラブはすぐに決まった。健常者と障害者の競技会が、一緒に開かれていた。
 リオで、選手たちのうれし泣きや悔し泣きを何度も見た。「自分は甘かった」と涙がこぼれた。優勝したブラジル選手に降り注ぐ、満員の観衆からの拍手に思った。「パラリンピックの魅力をもっと伝えたい。4年後は私たちの番なんだ」
 (斉藤寛子)

■難民選手団、競泳・フセイン 自国の旗で、4年後へ願い

イブラヒム・フセイン  難民選手団として出場したシリア出身のイブラヒム・フセイン(27)は、競泳2種目に出場した。いずれも最下位で、100メートル自由形では前の選手と20秒の差がついたが、会場から大きな拍手が送られた。
 水泳コーチだった父の影響で、5歳から泳ぎ始めた。五輪出場が夢だった。
 内戦下で空爆が激化した4年前、爆撃を受け、右足のひざから下を失った。医師や薬が不足し、十分な治療が受けられない。2年前、シリアを離れ、トルコからギリシャへエーゲ海をゴムボートで渡った。
 リオでは、競技会場や選手村で各国の選手たちと出会い、練習方法についてアドバイスを受けた。「私にとってはメダルより価値がある。人生最高の年になった」と笑顔で話した。
 願うのは、4年後の東京大会で「難民選手団」という存在が消えていること。「すべての選手が自国の旗の下に集い、競い合える平和な世の中にしなければいけない」
 (山本亮介)

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