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(世界発2012)アルゼンチン、物価の闇 インフレ率操作、政府に疑惑

12月12日付朝刊12ページ 2外報

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アルゼンチンで販売されているビッグマック 多くの買い物客でにぎわうブエノスアイレス中央市場 消費者支援をうたうNGOのエクトル・ポリノ代表=いずれも岩田誠司撮影

 アルゼンチン政府はインフレ率を低く操作しているのではないか。そんな疑惑が消えない。「実態」を独自に公表した民間企業や団体は次々と罰金などの処分を受けた。国際通貨基金(IMF)が求める改善の期限が17日に迫るが、政府は「IMFと戦う姿勢」を鮮明にしており、応じる様子はない。

 ●補助金で安価演出?

 「アルゼンチンでは、ビッグマックが格安」。そんな話を聞いて、首都ブエノスアイレス中心部のマクドナルドをのぞいてみた。

 確かに安い。飲み物とフライドポテトがつくセットは、13種類中で最安の26ペソ(約440円)。最も高い商品の半額だ。しかもメニューの一番下に、写真なしでひっそりと載っていた。

 「物価上昇を隠すため、担当大臣が企業側に価格を上げないよう指示している」と同国の複数の経済アナリストが話す。ビッグマックの価格は、通貨価値や物価の国際比較でよく使われるためだ。

 ハンバーガーの材料の牛ひき肉はいくらするのか。ブエノスアイレス中央市場の精肉店を訪ねてみると、「公定価格」と書かれたコーナーに、1キロ12ペソ(約200円)の商品があった。一般商品の6割程度の値段だ。だが、品ぞろえは薄く、明らかに白い脂身が目立つ。買い物客は見向きもせず、一般商品だけがどんどん売れてゆく。

 公定価格品は、政府の補助金で価格を抑えた商品で、コメや油など数十種類あると言われる。買い物に来ていた主婦(69)は「公定価格品は少ないし、たいてい質が悪い。買うことはほとんどない」と話す。

 同国の国家統計局(INDEC)が公表する物価やインフレ率の計算に、補助金を入れて安くした公定価格品の物価が使われているのではないか。こうした「疑惑」を同国の複数の経済アナリストが指摘し、「実態を反映していない」と批判している。INDECに取材を申し込んだが、回答は得られなかった。

 ●民間の統計に圧力

 INDECが発表した今年8月のインフレ率(前年同月との比較)は10・0%。だが野党の国会議員有志が民間データを元に発表する「議会指標」では24・2%だ。消費者支援をうたう非政府組織(NGO)コンスミドールリブレが計算した今年1〜10月のインフレ率は約19%だった。

 違いが明白になったのは2007年からだ。公式のインフレ率が10%を超える時期が続き、当時のネストル・キルチネル政権下で「運営改善」を名目に複数のINDEC職員が更迭された時期と重なる。以後、公式統計では一時、5%台にまで下がった。

 一方で最近、民間への締め付けが目立つ。コンスミドールリブレは今年8月、「公表数値が信頼できない」などの理由で、政府から団体資格を停止された。エクトル・ポリノ代表(79)は「都合の悪い情報を隠したいのだろう。裁判で戦う」と話す。民間コンサルタント数社も昨年来、相次いで50万ペソ(約850万円)の支払いや訂正記事の掲載を命じられ、次々に指標の公表を取りやめた。

 「議会指標」の公表は、こうした状況を懸念して始まった。民間コンサルタント8社のデータの平均値で、「実態に近い」と評価されている。民間企業や公務員の賃上げ交渉でもこの指標が参考にされている。

 ●「貧困を隠す狙いも」

 インフレ率が低いと、どんな利益があるのか。操作を指摘する専門家の多くが挙げるのは、インフレ率によって元本や利率が変わる国債の償還額抑制だ。

 中央銀行などによると、同国の債務残高1800億ドル(11年9月末時点)のうち、インフレ連動債は2割を占める。01年の債務不履行(デフォルト)以来、同国は外貨獲得に頭を悩ませており、償還で海外に流出するドルはできるだけ少なくしたい。

 ポリノ代表は「貧困の現実を隠す狙いもある」とも指摘する。賃金が現実の物価上昇を反映して上がる一方で公式のインフレ率が上がらなければ、統計上、可処分所得が増える形になるからだ。

 IMFは10年以降、アルゼンチンの経済指標の信頼性に疑問を示し、政府に改善を求めてきた。今年2月にも改善を勧告。IMFのラガルド専務理事は「改善されなければレッドカードを出す」と制裁をほのめかしたが、アルゼンチンのフェルナンデス大統領は国連総会の一般演説の場で「いかなる圧力にも屈しない」と反論した。

 90年代にアルゼンチンの民営化や規制緩和を推進してきたIMFに対する国民の拒否感は根強い。大統領の強硬姿勢はそんな国民感情を反映しており、専門家の多くは、政府は修正に応じないと見る。

 ブエノスアイレス繁華街の売店で店頭の新聞の見出しを眺めていた男性(62)は「公式統計が実態と違うことは生活していればわかる。でも、外国人投資家への支払いが減るなら国のためになる」と政府を擁護した。だが街では批判的な声が目立つ。タクシー運転手の男性は「実態を隠して適切な政策がとれるわけがない。世界の信頼まで失ってしまう」と嘆いた。(ブエノスアイレス=岩田誠司)

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