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(文化の扉 歴史編)偉人の実像は? 福沢諭吉 自由・平等唱える アジア蔑視発言も

1月21日付朝刊13ページ 朝文化2

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 1万円札の肖像でおなじみの福沢諭吉は、思想家、教育者として明治初期の国造りに大きな足跡を残した。一方、昭和日本のアジア侵略に道を開いたと、厳しく糾弾もされるのだ。

 「近代日本最大の精神的指導者」と評される。慶応義塾を設立、ベストセラー作家でもある。

 それでも福沢は、NHK大河ドラマの主人公にはならない。同時代の坂本龍馬や西郷隆盛が何度もドラマ化されるのとは対照的だ。司馬遼太郎は、大河ドラマになった歴史小説『花神(かしん)』で、主人公に「福沢のような軽薄才子に言ってきかせてもわからん」とまで言わせている。

 福沢は、分かりやすい“英雄”ではない。居合の名人だったが、幕末の動乱期には刀をしまいこんだ。「用心に用心して夜分は決して外に出ず」(『福翁自伝』)という性格。

 青春をかけて蘭学(らんがく)を志すが、世界の趨勢(すうせい)は英語であると知ると、オランダ語にこだわる同輩を尻目に、気持ちを切り替え英語を猛勉強。のち、アメリカへの幕府の使節船に潜り込むことができた。「福沢は本当に幸運だった。しかし幸運は待ち構えているものにだけ訪れる」(北岡伸一『独立自尊』)

 明治維新で、新政府軍と彰義隊らが戦った上野戦争のとき。騒然とする江戸市中にあって、福沢は慶応義塾で英語の経済学書を平気で講義していた。「日本国中苟(いやしく)も書を読んで居る処(ところ)は唯(ただ)慶応義塾ばかり」。男児青雲の志をたてるべき動乱の世に、本を読んでいることをむしろ誇る。これじゃドラマにもならなかろう。評論家の佐高信が「平熱の思想家」と評す、福沢の面目躍如でもある。

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 実はおちゃめな一面もある。最初のアメリカ航海では、サンフランシスコで15歳の白人少女を“ナンパ”して一緒に写真に納まり、仲間に自慢している。

 王政復古がなったあと、即座に侍を捨て町人になる。東京大学名誉教授の宮地正人さんによると、当時の士分として「極めて異例」だった。中津藩の旧主から給与の米をあてがわれるのも固く断り、どうしても寄越すなら「その米を飯か粥(かゆ)に焚(た)いて貰(もら)いたい。(略)私宅近所の乞食(こじき)に触れを出して(略)食わしてやる」(『福翁自伝』)と毒を吐いた。日本最初の自立した知識人による、やせ我慢に近い気概。

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 福沢に関する最大のなぞは、「脱亜論」などにみられるアジア観だ。自由・平等な合理精神の持ち主とされながら、上記の偏見に満ちた発言も残している。安川寿之輔名古屋大名誉教授は「食うか食われるかの帝国主義の時代、福沢は食う側の立場で、侵略合理化のためアジア蔑視を言い募った。明治の同時代人からも『法螺(ほら)を福沢、嘘(うそ)を諭吉』と批判されている。『暗い昭和』に至るナショナリズムを先取りした」と指弾する。

 一方、前出の宮地氏は「(当時の朝鮮の開化派)金玉均が一番尊敬していたのは福沢。朝鮮に帰れば死罪である人物を日本でかくまい、死後は福沢が葬儀まであげた。開化派の失敗で福沢は朝鮮を見限ったのであって、現代の視点から一方的に断罪するのは、あと知恵の歴史解釈だ」と話す。研究者の間でも評価に断裂がある。

 偉人として単に神格化することを、「実学の人」だった当の福沢が最も嫌うことだけは、間違いない。(近藤康太郎)

 ◆読む

 『学問のすゝめ』『文明論之概略』『福翁自伝』(いずれも岩波文庫)は出版当時からのベストセラーで現在も版を重ねる。福沢批判の急先鋒(きゅうせんぽう)安川寿之輔氏は『福沢諭吉の教育論と女性論』(高文研)を4月に刊行予定。

 ◆見る

 映像化作は極端に少ない。柴田恭兵が福沢を演じた映画「福沢諭吉」がDVD化。先日急逝した中村勘三郎が勘九郎時代に主演したテレビドラマ「幕末青春グラフィティー 福澤諭吉」はVHSビデオが現在品切れ。

 ◆訪ねる

 福沢が少年時代を過ごした大分県・中津に福沢諭吉旧居が残されている。下級武士の質素な家で、土蔵を改造して勉学に励んだ様子が分かる。隣接の福沢記念館では『西洋事情』などの著作や書、手紙で生涯をたどる。

 ◇そのころ世界は

 福沢(1835〜1901)が学問を通じて世界に目を開いていった19世紀後半は、欧米が帝国主義へとなだれ込んでいった時代。イギリスはアヘン戦争(1840〜42)で清(当時の中国)に勝利、香港を割譲させる。フランスはインドシナ(現在のベトナム、ラオス、カンボジア)を次々と植民地化。後発の工業国だった米国も、南北戦争(1861〜65)を経て西部開拓が終わると、太平洋を越えハワイ、フィリピンへと侵略の手を伸ばし始める。力でアジアを蹂躙(じゅうりん)する欧米列強の姿が、福沢の思想形成に大きな影響を与えた。


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