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世界の富士山、宿題の山 審査の経緯、非公開 世界遺産登録へ

5月2日付朝刊2ページ 2総合

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<夏の登山者30万人>2012年7月、列を作って富士山頂を目指す登山者

 富士山が来月、世界遺産に登録される見通しになった。日本の象徴でもある富士山は、どのようにして「世界の富士山」となったのか。喜びにわき、観光客増などに期待も高まる地元には、これからの課題も浮かび上がっている。

 「世界遺産の推進には、非西欧世界の文化を常に意識する必要があります」

 昨年11月、京都。審査機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)の関係者らと京料理を共にしつつ、近藤誠一文化庁長官は訴えた。近藤氏は元ユネスコ大使。国際会議の際やメールなどを通じ、世界遺産の関係者と「長期的な信頼関係」を築いてきたという。

 昨年夏のイコモスによる富士山の現地調査。自衛隊の演習場から、ドーンと文化遺産にふさわしくない大砲の音が聞こえた。しかし調査員は何も尋ねてこなかった。文部科学省関係者はこう考えている。

 日本にとって象徴的存在である富士山に厳しい評価は下せない。下せば、日本政府は懸命にひっくり返しにくる。そうなれば、イコモスの勧告がユネスコ世界遺産委員会で覆された2007年の石見銀山(島根県)に続く事例で、イコモスの権威が低下する。そう考えていたのでは――。

 ただ、今回ユネスコ本部から連絡を受けたユネスコ日本政府代表部の担当者もいう。「なぜ富士山が登録、鎌倉が不登録なのか。判断の分かれ目については全く説明がない」

 イコモスはパリに本部がある、文化財の調査・保存の専門家集団だ。4月30日のパリでの会合も非公開。取材も受けつけなかった。

 関係者によると、勧告は通常、12月初旬ごろの「世界遺産パネル」会議で決める。まとまらなければ、次の年の3月に「ミニパネル」を開く。富士山は昨年末にイコモスから追加質問を受けた。元イコモス委員の岡田保良・国士舘大教授は「ミニパネルまで結論が持ち越されたのでは」とみる。鎌倉は質問がなく「12月に厳しい判断がされていた公算が大きい」。

 イコモスは、世界遺産委員会開催の6週間前までに、ユネスコに勧告内容を提出する。今回の期限は5月5日。提出は前倒しされたらしい。文化庁の担当者は「早めに結果を出そうとしたのか、真相は不明」。

 「不登録」勧告の鎌倉は、6月の委員会で同じ判断を下されると、再挑戦の道が絶たれる。文化庁幹部は「捲土(けんど)重来を期すことが軸になる」と話し、委員会前の推薦取り下げを示唆した。対策を立て、来年以降に再挑戦すれば、判断が変わる可能性もあるからだ。(藤井裕介、赤田康和、パリ=稲田信司)

 ■環境保全へ入山料検討

 現在、世界遺産の総数は962件。件数が増えるにつれて個々の管理が行き届きにくくなる心配もあり、新たな登録は抑え気味だ。

 「富士山」も手放しでは喜べない。広大な面積と多様な資産を持つこの山を、どう保護し、活用していくか。山梨・静岡両県はより一層の重責を負った。イコモスは16年までに保全状況報告書の提出を求めたが、その自覚を問われたものと解釈できる。

 観光業界は、わき返っている。静岡県内のある旅行会社は「中国などからの客は確実に増える。通過点にさせない対策が急務だ」。富士山は、関西と関東を結ぶ、外国人客に人気の「ゴールデンルート」上にある。5泊6日の団体旅行だと、富士山周辺に立ち寄りはするが、宿泊しないケースが多い。尖閣問題で中国からの観光客が激減する中、公共事業を含めた環境整備への期待は大きい。

 しかし富士山の四つの登山道を利用する人は、5合目付近で年間300万人。山頂への登山者は増え続け、夏場だけで30万人に上る。既に「オーバーユース(過剰利用)」と批判され、イコモス勧告も、登山者の多さが環境破壊を招く恐れを指摘。開発の抑制と、危機対策を訴えた。

 両県は遺産登録を見越し、環境保全や安全対策の財源を確保しようと、山麓(さんろく)の自治体と「入山料」を取る議論を始めている。

 静岡県の川勝平太知事が今年初めの記者会見で「環境保全を真剣に考えねばならない時期。入山規制のため、入山料は一つの手段」と発言。山梨県の横内正明知事も歩調を合わせる。

 山梨県富士吉田市の堀内茂市長は、最も前向きだ。市内を通る吉田ルートは夏場、四つの登山道で最も多い約20万人が登る。「登山者数は、許容量を超えている。今後は保全に力をいれるべきだ」。両県によるマイカーの乗り入れ規制も、厳しくなってきている。

 登山客の数が利益に直結する山小屋経営者にも、意識の変化がうかがえる。富士宮ルートの山小屋経営者でつくる富士山表富士宮口登山組合長の山口芳正さん(55)は「美しい富士山を後世に残すことが第一。入山規制や入山料の導入はやむを得ない」と話す。(大久保泰、菊地雅敏)

 ■「富士山」への勧告の骨子

・富士山は日本の国家的象徴だが、その影響は日本をはるかに越えている
・三保松原は45キロ離れていて、富士山の一部として考慮し得ない。顕著な普遍的価値に貢献していない
・構成資産の視覚的ネットワークを妨げる開発が拡大し、来訪者の増加が斜面の流亡に関連して相当の問題を引き起こしている
・精神性と芸術的関連性を反映させるための登録名の変更
・来訪者戦略などを示す保全状況報告書の2016年2月1日までの提出

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