現在位置:
朝日新聞社インフォメーション >
NIE 教育に新聞を >
この記事を手がかりに >
記事

(地球異変 枯れ葉剤、今も:1)隣にホットスポット

7月1日付夕刊2ページ 2総合

印刷

ドンソン村に残る枯れ葉剤の「ホットスポット」。立ち入りを制限する鉄条網の内側で、子どもが遊んでいた=林敏行撮影

 ベトナム中部の古都フエから車で約3時間。険しい山道を越え、ラオス国境に近いドンソン村に着いた。人口約1400人。水田が広がり、牛が草をはむ。のどかな集落アソー。そこに枯れ葉剤によるダイオキシンの「ホットスポット」があった。

 米国の軍事介入で泥沼化したベトナム戦争(1960〜75年)。米軍はゲリラが潜む森林を枯らすため、軍用機で猛毒のダイオキシンを含む枯れ葉剤を大量にまいた。

 アソーにも米軍の基地があり、枯れ葉剤が保管されていた。基地は戦時中に放棄され、少数民族が放牧地や住宅地として使ってきた。

 その後、ベトナム政府とカナダの環境調査会社の調べで、周辺はダイオキシンで汚染されていることが判明。魚やカモ、それらを日常的に食べてきた住民の血液や母乳のダイオキシンの濃度も、ほかより高いことがわかった。

 ダイオキシンは生殖機能に作用し、子どもや孫に影響を与える危険性が指摘されている。「怖いと思うが、生活のために住み続けるしかない」。ここで米やトウモロコシを作っている男性(40)は打ち明けた。地元産の農作物を子どもと食べているという。

 ホットスポットは国内に28カ所あるとされる。そのほとんどが除染などの対策は進んでいない。アソーでは鉄条網で囲っているが、子どもたちの遊び場になっている。

 ベトナム森林科学技術協会のファン・ツー・ボイさんらは2005年から、ホットスポット周辺にサイカチの苗木を植え続けてきた。

 「グリーンフェンス」(緑の柵)と名付けた。サイカチは薬や洗剤の原料になる。住民や家畜の立ち入りを防ぐだけでなく、将来は成長した木を地域の収入につなげるねらいだ。

 ファンさんは訴える。「枯れ葉剤は生態系を壊しただけでなく、今でも地元の人たちに困難を負わせ続けている」

 (高山裕喜)

     ◇

 ベトナム戦争の終結を決めたパリ協定から40年。枯れ葉剤が残した「今」を追った。


(地球異変 枯れ葉剤、今も:2)「海の森」損なわぬ養殖

7月2日付夕刊2ページ 2総合

印刷

放棄されたかつてのエビ養殖池には、よどんだ水がたまっていた=ベトナム・カンザー県、林敏行撮影

 ベトナム最大の都市・ホーチミン市。その南東部のカンザー地区に広がるマングローブの林は、3万7千ヘクタール以上に及ぶ。ベトナム戦争中、米軍がまいた枯れ葉剤でいったんは壊滅させられた。しかし、戦後は再植林が進んでいる。

 マングローブ林を訪ねた。自然保護区域の近くに、水がよどんだまま放置された複数の池があった。

 その一つは幅は100メートル、長さ200メートルほど。池の周囲は黒いシートが張られ、コンクリート造りの管理小屋には刺激臭のする薬品の容器が残されていた。

 そこはエビの養殖池だった。放置されてから数カ月以上経っているとみられる。

 ベトナムでは1980年代後半以降、日本などへの輸出による外貨獲得を当て込み、エビの養殖が盛んになった。マングローブ林は伐採され、養殖池が各地に造成された。

 だが、人工飼料や機械による水の循環を使った「近代的」な方法で大量のエビ養殖を続けると、池が疲弊してエビの生育が遅くなったり病気が広がったりする。最終的に放棄するケースも相次いだ。

 一方で、マングローブを伐採せず、自然環境を生かしたエビの養殖が広まりつつある。「粗放型」と呼ばれる方法だ。カンザーのマングローブ林内でも試みられている。

 「海の森」と呼ばれるマングローブ。満潮時に水につかり、干潮時に陸になる土地で育つ。木々が水に養分を与え、多くの生き物を育み、水の浄化も進む。

 「粗放型」の養殖池は、周囲を木々に埋め尽くされた林の中にあった。干満に合わせて木製の水門を開け閉めし、池の水を循環させる。育ったエビは水門に取り付けた網で捕らえる素朴な仕掛けだ。池を管理している男性は「収穫量は(近代的な方法より)少ないけど、環境への負担は小さい」と話した。

 カンザーマングローブ保全管理委員会は粗放型の養殖法を知ってもらおうと、エコツアーの行程として紹介している。同委員会のレ・バン・シン所長は語る。「マングローブ林を復元することが水産資源の増加につながり、住民の生活にも貢献している」


(地球異変 枯れ葉剤、今も:3)傷痕、今も問い続ける

7月3日付夕刊2ページ 2総合

印刷

枯れ葉剤の人体への影響を捉えた写真に、外国人観光客が見入っていた=ベトナム・ホーチミン市、林敏行撮影 報道写真家の石川文洋さん=長野県諏訪市

 戦火の中を逃げ惑う民衆、進撃する米兵……。ベトナム戦争を捉えた写真が並ぶ。

 ベトナム・ホーチミン市の中心部にある戦争証跡博物館。敷地には戦時中に米軍が使った戦車やヘリコプターが置かれていた。

 博物館は3階建て。枯れ葉剤による被害を説明する部屋があった。障害のある子どもたちの写真や保存液に漬けられた胎児も展示されている。ポロシャツ姿の白人観光客が息をのんで見つめていた。

 枯れ葉剤に含まれるダイオキシンは発がん性や胎児への毒性などが指摘されている。人体への影響について専門家の議論が本格化したのは、1975年に戦争が終わり、80年代になってからだ。

 「博物館で枯れ葉剤に関連する展示を始めたのは86年。当時は(写真や資料が)不十分で、発見がある度に増やしてきた」。館長のフィン・ゴック・バンさんは説明する。

 博物館には石川文洋さん(75)ら日本人報道写真家の作品も多い。石川さんは64年以降、従軍取材などを通じてベトナム戦争の現場や地元の人々を撮り続けてきた。

 「戦時中、地元の人々の多くは枯れ葉剤の危険性を問題視していなかった」と石川さんはいう。戦後、各地に足を運び、枯れ葉剤の影響とみられる子どもたちの姿も記録してきた。「都市部は想像もできないほど発展を遂げたが、戦争の傷痕は枯れ葉剤被害の子どもたちに残っている」

 石川さんがベトナム関連で撮影した写真は約10万枚。98年、250点を博物館に寄贈した。展示中の作品は劣化が進む。来年はベトナム取材から50年の節目。カメラメーカーが協力し、最新技術で再プリントして日本で展示後、15年に博物館に贈る予定だ。

 博物館の入場者は年間約70万人(2012年)。10年ほどでほぼ倍増したという。バン館長は「石川さんらの活動のおかげで、世界の人々がベトナム戦争を理解することにつながった」と語った。


(地球異変 枯れ葉剤、今も:4)被害の子ども、3万人

7月4日付夕刊2ページ 2総合

印刷

ダナン空港の近くに住むグェン・バン・トゥアン・トゥー君=ベトナム中部・ダナン、林敏行撮影

 グェン・バン・トゥアン・トゥー君(4)。生まれつき肝臓などが肥大する難病を患う。まっすぐ寝ると肺が圧迫されるため、母トゥオンさん(41)に抱えられたまま眠る。血液を作る働きも弱く、毎月1リットルの輸血が必要だ。言葉はほとんど話せない。真正面は見えていないらしい。

 ベトナム戦争で、米軍がダイオキシンを含む枯れ葉剤を大量にまいた。トゥー君はその影響が疑われ、国から医療費の補助を受けている。しかし、生まれたのは2008年。戦争が終わって30年以上が経っていた。

 両親はベトナム戦争にかかわっていない。ただ、父ズンさん(43)は1996年から10年以上、ダナン国際空港の敷地内で用水路を掘る作業を続けた。異様な刺激臭が漂っていたが、裸足で手袋もなし。食堂では近くの池でとれた魚を食べていたという。

 ところが、滑走路脇に高濃度のダイオキシンで汚染された「ホットスポット」があった。ダナン空港は戦時中、米軍最大の拠点。枯れ葉剤を大量に保管し、軍用機が積んで出撃した。枯れ葉剤が漏れたり、軍用機を洗った水が土に染みこんだりしたが、十分な対策が採られなかった。

 「空港の汚染が子どもたちに影響しているとは思ってもいなかった」。ズンさんは悔やんでいる。1995年に生まれた長女(18)は健康に問題はないが、2000年生まれの次女は7歳で亡くなった。ダイオキシンは遺伝子への作用が指摘されている。  ユニセフは今年5月、「世界子供白書2013」をダナンで発表した。その際、枯れ葉剤の被害を受けた子どもは推計で約3万人と言及。白書では「障害がある子どもたちの多くが社会参加で障壁に直面している」と指摘した。

 「枯れ葉剤/ダイオキシン被害者協会」(VAVA)ダナン支部のファン・タン・ティエン副代表によると、ダナンの8千世帯を対象に調査した結果、約5千人に症状があったという。ティエンさんは訴える。「子どもを含めて2千人はダナン空港のホットスポットが影響している。戦争の影響は今も続いている」

(高山裕喜)=おわり


バックナンバー

過去記事一覧

NIE 教育に新聞を

 新聞、ニュースを調べ学習や自由研究に役立てるページです。ご感想・お問い合わせなどは、NIE事務局(ファクス03・5540・7469)まで。