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林光作曲「原爆小景」半世紀 表現者のあり方自問

2009年8月3日

 作曲家の林光が、原民喜の詩に曲をつけた全4曲の組曲「原爆小景」。東京混声合唱団が80年から毎夏上演するようになり、7日の公演で30回目を迎える。「戦争という現実に、僕ら音楽家はどう対峙(たいじ)すべきなのか。『原爆小景』を通じ、表現者としてのありようを、自らにずっと問い直してきた」と林は語る。

 最初の「水ヲ下サイ」が生まれたのが58年で、「永遠(とわ)のみどり」が加わったのが01年。

 作曲のきっかけは57年、盟友の故岩城宏之が、創設間もない東混のために「何か書いてよ」と言ってきたことだった。数年前に手に入れていた原の全集を思い出した。

 自らの被爆体験をことばの芸術に結晶させ、45歳の若さで自ら命を絶った原の代表作とも言える「原爆小景」には、「つらい、かわいそう、といった感情におぼれず、対象に純粋に向き合う姿勢を感じた」という。

 原爆投下後の情景を余すところなく描写しつつ、不思議な明るさや希望すら醸すことばの数々に「手をひかれるように」書き進めた。

 「世の終わりのための四重奏曲」を捕虜収容所で書いたメシアンをはじめ、ペンデレツキやシュトックハウゼンら多くの音楽家が戦争と向き合ってきた。ならば自分は、どういう形で現実を切り取って世の中に提出できるのか。「タスケテ タスケテ」などの表現が、単なる叫びにならないように、突っ走らないように。そう何度も自分に言いきかせ、音を選んだ。

 結果、作品は、ひとりの作曲家の変遷を映す「歴史」となる。中世・ルネサンスの多声音楽を思わせる澄んだ響きから、不協和のまま音の塊をぶつけるクラスターといった現代音楽の手法まで。「詩の世界観に素直に従い、それに技法がついてきた」と語る。

 「原爆小景」は初演以降、大きな衝撃を持って世に受け入れられてきた。社会的なテーマで曲を書く機会も少なからずあったが、あくまで表現者の領域にとどまる自負を、この作品が培い続けてくれた。「精神の試行錯誤を繰り返し、いま、ようやく音楽家としてあるべき位置に戻ってこられたような気がする」

 「八月のまつり」は午後7時、東京・勝どきの第一生命ホールで。指揮は林光、ピアノは寺嶋陸也。4千円。電話03・3226・9755(東混事務局)。(吉田純子)

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