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「ピアノ弾くこと そのものが人生」 中村紘子デビュー50年

2009年9月11日

写真拡大CDボックスの録音に2年半。「受験生に戻ったみたい。ものすごく集中できた」と話す中村紘子=吉田写す

 ピアニストの中村紘子がデビュー50年を迎えた。演奏、執筆、教育――。あらゆる面から日本の音楽界を引っ張ってきた先駆者だ。「つらかったとか楽しかったとか、そういう風には振り返れない。ピアノを弾くことそのものが私の人生だったから」と心境を語った。

■「天才少女」 米でぶつかった壁

 3歳で桐朋学園大音楽学部の前身「子供のための音楽教室」第1期生になる。高橋悠治や堤剛らとともに最先端の音楽教育を受け、音の世界に遊んだ。コンクールで優勝を重ねて「天才少女」の名をほしいままにし、16歳の年にはNHK交響楽団初の海外公演のソリストに選ばれた。

 しかし63年、米の名門ジュリアード音楽院に入学し、大きな壁にぶつかる。がむしゃらに鍵盤をたたく「日本流」奏法を徹底的にたたき直された。渡米2年後にショパン・コンクールで入賞の快挙を果たすも、「自分の弾き方が定まっていない中での評価」に内心、戸惑いを感じずにいられなかったという。

■差別の経験 若手への思いに

 「ドイツに行けば『なぜ日本人がバッハをやるの』と聞かれた。戦争の影が、アジア人である自分を見下す視線の中に、まだちらついていた」

 米国では、白人と黒人でレストランの入り口が違うことにも、大きな衝撃を受けた。その黒人がさらにアジア人を差別する「差別の連鎖」にも。一方でホロビッツやルビンシュタインといった巨匠たちの音のたたずまいに、進むべき道を示されもした。

 そんな奥深い経験がいつしか、若手に対する温かな視線を紡いでいた。今は各国のコンクールの審査員や浜松国際ピアノアカデミーの音楽監督などを務める。イスラエルやウクライナといった「芸術にハングリーな国々」の若手が繰り出す独創的な表現に、新たな希望を感じている。

 多彩な個性への目配りより、目先のコンクールの勝敗に飛びつくメディアの現状にも、危惧(きぐ)を感じずにはいられないという。

 「音楽は人間の心のひだを映すもの。深いひだのある音楽は深い人生あってこそ」

■続く挑戦 「まだこれから」

 50周年を記念して、2年半かけて録音した演奏を10枚組みのCDボックスにして16日に発売する。記念リサイタルでは、一柳慧や武満徹ら日本の作家の作品に新たな気持ちで挑む。

 「知的な楽しみだけじゃなく、肉体的な愉悦ももたらしてくれる。綿密につくられているのに、演奏すると即興的にきこえるのも面白い。まだまだこれから。発見ばかりの日々です」

 リサイタルは19日午後6時から東京のサントリーホール、21日午後3時から大阪のザ・シンフォニーホール、27日午後2時から横浜みなとみらいホール。電話03・5237・7711(ジャパン・アーツ)。(吉田純子)

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