【アナウンサーに内定】 内定者インタビュー 打席に立ち続けて勝ち取った、念願のアナウンサーに内定

<第3回> インタビュー 篠原真喜子

 幼い頃からの夢だったアナウンサーになるため、大学2年の春からアナウンススクールへ。しかし、いざ就活が始まると大苦戦。アナウンサー受験登竜門の3年夏のキー局インターンは、すべてES落ちで、早期内定どころか参加すらできないという状況でした。やっとESが通過するようになったと思ったら、今度は面接で苦労して……。「どうして受からないのだろう」と、何度も悔し涙を流したそうです。田村さんは、いったいどのような努力をしてアナウンサー内定を手にいれたのでしょうか。その道のりに迫ります。

田村友里さん
プロフィル 田村友里さん

政治経済学部 政治学科。受験職種はアナウンサーのみ。ES提出数53社、面接まで進んだ会社数29社、内定先は中国放送ほか、テレビ局1社の計2社。

道のり内定までの道のり

大学2年5月
アナウンススクールに通い始める
大学3年夏
キー局インターンはすべてES落ちで、大ショック!
大学3年秋
インターンに応募し続け、準キー局・地方局計5社のインターンに参加
大学3年3月
ESを30~40枚提出。何枚書いても終わらない日々……
大学4年4月
1日4社面接×3日間など面接ラッシュ。最終落ちが続いて涙しながらも粘る
大学4年初夏
ついに中国放送から内定獲得!

ESの書き方を徹底的に研究

 ――最初の頃はES落ちが続き、かなり焦ったそうですね。

 はい。全然ダメでした。アナウンサーのESは多くが手書きで、自由記述欄もあるので1枚仕上げるにも相当な時間がかかるんです。何時間も、時には数日かけて書いたESが次々落とされる。1年以上前からアナウンススクールにも通っていて、アナになりたい気持ちだけは誰にも負けないつもりだったので、なおさら「なぜ?」と悔しくて。同時に「このままではまずい!」と焦り始め、ESの書き方を徹底的に研究しました。

 ――研究した結果、何か変わりましたか?

 それまで私は、文字を詰め込むようなESを書いていたんです。でも、内定した先輩にESを見せてもらったら全然違っていて「大事なのは写真とキャッチフレーズなんだ!」と気づきました。アナのESは本当に写真が命。でも、私はいわゆる「盛れてる」写真を撮るのが苦手で……。奇跡の1カットを手に入れるまで300~400枚撮って、とにかく貼る写真にこだわり抜きました。また、文章は、見出しをつけて太字にしたり、強調したい部分を赤字にしたりして、メリハリをつけて書くようにしました。

徹底的に研究したES。通過率が50%ぐらいにアップ※ご本人提供
徹底的に研究したES。通過率が50%ぐらいにアップ※ご本人提供

 ――パッと見ただけで田村さんが伝えたいことがわかりますね。写真も素敵です!

 ありがとうございます。アナのESは写真がとても重要なのですが、写真だけよくてもダメで。ESは最終面接まで面接担当者の手元にありますし、それこそ社長さんが目にすることもあると思ったので、内容にもこだわりました。

ゼミ活動の頑張りが役立つ

 ――ゼミの活動に力を入れた経験が、アナ受験でも役立ったそうですね

 はい。3年の秋、日本公共政策学会主催の「公共政策フォーラム」が、震災のあった熊本県で開催され、私たちのゼミも熊本の復興政策を提案することになったんです。現地で取材してみると、震災時、車いすの方がなかなか避難所に受け入れてもらえず、それがすごくつらかったとお聞きしたので「障がい者も快適な避難所生活が送れる社会政策」を提案しました。そして、これが日本公共政策学会長賞(日本一)に選ばれたんです!

「障がい者も快適な避難所生活が送れる社会政策」を提案して日本公共政策学会長賞を受賞※ご本人提供
「障がい者も快適な避難所生活が送れる社会政策」を提案して日本公共政策学会長賞を受賞※ご本人提供

 ――3年の秋といえばアナ受験が忙しくなる時期なのに、頑張りましたね。

 アナ試験とゼミ活動を両立するのは正直、大変でした。アナ就活に集中すべきでは、という焦りもありましたし。でも、多少無理をしても頑張っておいてよかった、といまは思います。私は壇上で説明するプレゼンター役をやらせてもらったのですが、会場には、取材に応じてくださった車いすの方もいらしていて、その方から「すごく思いが伝わってきたよ。気持ちを代弁してくれてありがとう」という言葉をいただけたんです。この経験が、ESの「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」の鉄板ネタになりました。

 また、プレゼンター役を務めたことで「自分が伝えた言葉で、人の思いを変えることができたことがうれしかった。だから、人の心に響く言葉を選べるアナウンサーになりたい」という、目指すアナウンサー像も見つかりました。写真にこだわり抜き、強いガクチカが書けるようになった結果、10月の本採用が始まる頃にはES通過率が50%くらいにアップし、面接も通過するようになってきたんです!

強い味方は「面接カード」

 ――まったく通過できなかったところから、そのアップ率はすごいですね。その後、 面接は順調でしたか?

 うーん、順調ではなかったです(苦笑)。でも、キー局や準キー局などでもカメラテストまで進めるようになってきて、大阪の局では最後の6人に! やっと、自分にアナウンサー受験で勝負できる実力がついてきたんだって、自信になりましたね。でも、今度は最終面接落ちが続くようになって……。あの頃は、つらかったです。とはいえ、毎日毎日面接があるから落ち込んでいるヒマもなく、面接に向かう道中でボロボロ涙がこぼれてきて、泣きながら会場に向かったことも。鏡を見たら、このあと面接なのにひどい顔。どん底の気分なのに笑えてきて……。

 それでも、最後の最後まで面接練習を重ね、できる努力をし続けました。一方で、つらいながらも、故郷の局である中国放送受験時などは「ここでダメだったらおかしい。絶対内定もらえるはずだ!」と、どこかいい意味で開き直れている自分もいました。

 ――努力したことが、結果につながっていったのですね。

 そうですね。努力の量では負けない自信があります。面接対策も、絶対的な量の練習をこなしましたから。実は私、予想外な質問をされて、パッと答えられるようなタイプじゃないんです。「素の、そのとき出てきた言葉を大事に」という人もいますが、私は真逆。だから事前に、ここでこう話を展開して、こういう質問がきたらこう切り返して……と徹底的に考え尽くしてから面接に臨むようにしていました。

 ――そこまで準備していたのですね。

 よく聞かれる質問を書き込んだ「面接カード」をつくっていたんです。朝日就職フェア(アナウンサーセミナー)でいただいたES・面接質問の「対策カード」をベースにしたものです。「対策カード」には頻出質問や差がつく質問がまとまっていて、とても便利でした。その答えを徹底的に練り上げ、あとは面接で聞かれた質問も追加して。

 朝の電車の中ではブツブツ言いながら読み、家ではどこで表情を変えるか、力強く話すかなども考えながら、何十回と練習を繰り返しました。アナウンサー試験では、お題を決められた時間内で話す「フリートーク」という試験があるのですが、それも鉄板トークを五つぐらいつくって、どんなお題が来ても対応できるように準備しました。

よく聞かれる質問を書き込んだ「面接カード」※ご本人提供
よく聞かれる質問を書き込んだ「面接カード」※ご本人提供

 ――それだけ準備したら自信がつきますね。

 ものすごい量の面接をこなしたから、最後のほうは予想外な質問はありませんでした(笑)。だから、予想外じゃないのに、予想外な質問を受けたかのように答える演技の練習なんてものまでしていました。いま思うとおかしいですよね。最初の頃にはまったくできなかったことが、面接を繰り返すなかで、自然とできるようになっていました。

 ――私は長くこの仕事をしていますが「予想外の質問を受けた演技」まで練習していた人には会ったことがありません(笑)。ほかに工夫していたことはありますか?

 どんな質問がきても自己PRにつなげられるようにしていました。例えば「気になるニュース」です。マスコミでは100%聞かれると思いますが、ただニュースについて語るのではつまらない。私は、ゼミの発表で日本一になった話を面接で絶対にしたかったから「気になるニュース」を聞かれてもその話ができるようにしていました。

 ――「気になるニュース」でゼミの話をですか?

 「気になるニュース」を聞かれているのに、いきなりゼミの話をしたらおかしいですよね。なので、つなぎになる記事を探しておくんです。私は、朝日新聞デジタルを活用していたので「広島(受験地域)避難所」などの言葉で過去記事検索します。そして、記事一覧の中から面接で話しやすそうな記事を見つけて……。実際に使ったのは「14歳 恩返しの壁新聞」という記事です。「朝日新聞に、14歳の女子中学生が避難所にいる人に壁新聞をつくって送ったという記事がありました。私もゼミで避難所について研究していているのですが~」というように話すんです。

面接で話しやすそうな記事を見つけて自己PRにつなげる
面接で話しやすそうな記事を見つけて自己PRにつなげる

 ――そうすれば自然に自己PRにつなげられますね。ほかに面接で新聞が役立った例はありますか?

 たくさんあります。アナ受験には新聞が必須なので。毎日「天声人語」を読んで、1面の重要そうな記事は「です・ます調」に変えて音読します。アナ試験では原稿読みの試験もあるので、1面の音読は多くの人がやっているのではないでしょうか。あとは「声」欄も欠かさず読んでいましたね。私は、アナウンサーを目指す際に「ニュースをいろんな角度から伝えられる人でありたい」という軸があったので、「声」欄で様々な年齢や職業の人の意見を知るようにしていたんです。

 「アナになるためにどんな努力をしている?」という質問が来たときも「アナウンサーは価値観を押し付けるのではなく、物事をいろいろな角度から見て提示する仕事だと思います。そのために『声』欄を読んでいます」と話すと、面接担当者も納得してくれましたよ。ほかにも、地方局受験のときには、朝日新聞デジタルの「地域ニュース」チェックを必ずしていたし……。ここでは伝えきれないくらいたくさんあります(笑)。

 ――私が講座で教えたことを実践してくれていたのですね。うれしいです(涙)。そして4年の初夏、ついに念願の中国放送から内定! よかったですね。

 はい。本当にうれしかったです! それまでずっと悔し泣きばかりだったけど、内定の連絡をいただいたときはうれしくて電話口で号泣しました。

※ご本人提供
※ご本人提供

 ――中国放送といえば、田村さんの故郷・広島の一番大きな局ですよね。

 実は私、大学受験で大失敗しているんです。A判定だった国立も私立もみんな落ちてしまって。浪人したかったけど「置かれた場所で咲こう!」と。就活中も、何度もくじけそうになったけど、いま考えると、つらい経験こそが私の原動力だったのかもしれません。私は就活で初めて、自分の手で夢をつかみに行く感覚を味わうことができました。就活はつらいことも多いけど、努力し続ければ、きっとご縁は回ってきます。だから諦めず、打席に立ち続けることが大切だと思いました。奇跡を待つより捨て身の努力です!(構成 ライター・小元佳津江)

地方局の番組を録画したDVDでも研究※ご本人提供
地方局の番組を録画したDVDでも研究※ご本人提供
篠原真喜子(朝日新聞社 就活キャリアアドバイザー)
プロフィル 篠原真喜子(朝日新聞社 就活キャリアアドバイザー)

2003年入社。自身の就活経験を生かして、2004年に「朝日就職フェア」を立ち上げる。以降、同フェアの企画・MCとして活躍。雑誌「CanCam」「エアステージ」の就活特集にも「就活のプロ」として登場。キャリア支援した学生はのべ5万人。国家資格キャリアコンサルタント。

この記事をシェア