「デジタル庁」って何するの? 何が変わるの?

<第76回> 文 木之本敬介
デジタル庁発足式で記念撮影する平井卓也デジタル相〈右〉と石倉洋子デジタル監=9月1日、東京都千代田区(C)朝日新聞社
デジタル庁発足式で記念撮影する平井卓也デジタル相〈右〉と石倉洋子デジタル監=9月1日、東京都千代田区(C)朝日新聞社

 日本の行政デジタル化の司令塔となる「デジタル庁」が9月1日に発足しました。新型コロナウイルスの感染状況の把握も補助金などの手続きも遅れが目立ち、「デジタル敗戦」とも呼ばれる状況を打開するための新組織です。「すべての行政手続きがスマートフォンで60秒以内にできる」ことを目指しますが、行政の縦割りや政府と地方自治体の壁、個人情報保護など課題は山積しています。行政のデジタル化を現場で担うのは民間企業ですし、社会全体のデジタル化が一気に進むかもしれません。デジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)は、IT業界だけでなく、あらゆる業界のキーワード。デジタル庁って何をする組織なのか、何が変わるのか、課題は? 就活生にも必須の知識です。

どんな組織?

 デジタル庁は約600人体制で、うち約200人を民間出身者が占めます。デジタル相(デジタル大臣)には設立準備を担当してきた平井卓也氏が就きました。事務方トップのデジタル監には、一橋大学名誉教授の石倉洋子氏(72)が起用されました。国会近くの複合施設「東京ガーデンテラス紀尾井町」内の高層ビルに入居したことも話題になりました。かつて「赤プリ」の愛称で知られたグランドプリンスホテル赤坂の跡地に立つ紀尾井タワーの19、20階で、家賃は年間約8800万円(2019年度)だとか。

 菅義偉首相は1日の発足式で「行政のみならず、我が国全体を作り替えるくらいの気持ちで知恵を絞って」と演説。デジタル監に就任した石倉洋子氏も「デジタルだと日本は蚊帳の外。存在感が全然無い。逆に言えば可能性はすごく大きい」と語りました。

コロナで「デジタル敗戦」

 パソコンや半導体を開発、輸出してきた日本はかつて「電子立国」などと呼ばれましたが、今ではIT化の世界的な流れに完全に乗り遅れてしまいました。それでもなんとなく過ごしてこられたのですが、コロナ禍で実害が出ました。行政機関が感染情報をファクスでやりとりして迅速に把握できず、1人10万円の現金給付で電子申請のトラブルが続出、感染者との接触を知らせるスマホアプリは不具合が何カ月も放置され、日々のワクチン接種状況も迅速には把握できていません。デジタル化の遅れが、国民の命や健康を脅かす事態を招いたのです。

 そこで大急ぎでつくったのがデジタル庁です。ここに予算と権限を集中し、個人を識別できるマイナンバーと行政サービスをひもづけ、子育てや引っ越しなどの手続きをオンラインで一括申請できるようにしたり、緊急時に迅速に現金給付する仕組みを整えたりします。自治体ごとにバラバラのシステムを標準化して、コスト削減と情報共有を強化。今35%ほどのマイナンバーカードの交付率を2022年度末までにほぼ全国民に広げる方針です。

デジタル先進国のデンマーク、韓国では

 スイスのビジネススクールによる2020年の「デジタル競争力」では調査対象の63カ国・地域のうち日本は27位でした。国連の経済社会局がまとめた2020年の「電子政府ランキング」で世界1位のデンマークでは、結婚や離婚など大半の行政手続きがオンライン化されています。高齢者のネット利用率も高く、コロナ対策の支援金もオンラインで申請を受け付けました。デンマークは1990年代半ばにデジタル化に取り組み始め、2011年に財務省の傘下に設立されたデジタル庁が全体の戦略を担っています。

 デジタル競争力ランキング8位、電子政府ランキング2位の韓国でデジタル化が進んだのは、財政破綻(はたん)の危機に直面した1997年のアジア通貨危機がきっかけです。経済立て直しの一環で電子政府への移行が進み、2009年には電子政府戦略を担う情報化振興院(現・知能情報社会振興院)も発足。情報の一元化を可能にするのが、国民に割り振られた住民登録番号です。北朝鮮の脅威にさらされる韓国では、個人のプライバシーより公共の利益を優先する意識が強いこともデジタル化を推進したといわれています。

課題も山積

 デジタル庁の発足で遅ればせながら形は整った日本ですが、「デジタル先進国」の仲間入りをするには高いハードルがあります。私たち1人ひとりに割り振られたマイナンバーの活用もカギですが、日本ではプライバシーを重視する意識が高いため、マイナンバーカードの普及が進まないといわれます。背景にあるのは「政府への信頼感」が低いことです。デンマークなどデジタル競争力が高い北欧諸国は、「高福祉高負担」で、税金は高いけれど福祉や公的な教育が充実していて国民の満足度は高い傾向があります。一方で日本では、国民にはウソの情報を流して無謀な戦争に突き進んだ記憶が根強いうえ、最近でも政府に都合の悪い情報を隠蔽する体質があらわになる出来事も相次いでいます。韓国ほど安全保障上の危機感が切迫しているわけでもありません。

 デジタル庁設置を決めたデジタル改革関連法の審議が拙速だったこともあり、大量の個人情報の利活用が情報漏洩や悪用、監視社会につながらないのかを心配する声も広くあります。日本では、高齢者を中心にデジタル化についていけない人も多く、受けられるサービスに格差が生まれないかも課題です。

「明治維新、戦後改革に匹敵するデジタル革命」

 それでも、デジタル化の推進は企業にとっては大きなチャンスです。新経済連盟の三木谷浩史代表理事(楽天グループ会長兼社長)は「デジタル庁を司令塔として進める日本の『デジタル革命』は、150年前の明治維新、75年前の戦後改革に匹敵する規模と意義を持つ」とコメントしました。経団連の十倉雅和会長(住友化学会長)も「コロナ禍がわが国のデジタル化の遅れを白日のもとにさらした。世界に周回遅れとなったわが国デジタル化の停滞を一気呵成(かせい)に挽回(ばんかい)する号砲となることを期待する」と歓迎しています。

 いまやデジタル化に無縁の企業はありません。デジタル庁発足を機に、その可能性や課題を押さえたうえで、企業研究を進めてください。

木之本敬介(朝日新聞社 就活コーディネーター)
プロフィル 木之本敬介(朝日新聞社 就活コーディネーター)

1986年入社。政治部記者、採用担当部長などを経て就職情報サイト「あさがくナビ」編集長。「朝日学生キャリア塾」を立ち上げて就活生の指導も。サイト「就活ニュースペーパーby朝日新聞」では就活に役立つ情報を日々発信中。大学などでの講義・講演多数。著書に「最強の業界・企業研究ナビ2017」(朝日新聞出版)がある。

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