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CO2が経済回す 排出権取引、膨らむ市場〈環境元年 エコ・ウォーズ:2〉

2008年2月6日16時43分

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図排出権取引の仕組み ※写真をクリックすると拡大します 写真ロンドンの新興金融街にあるカンターCO2eのディーリングルーム。値動きが日に5%を超えることもあるという写真トウモロコシの茎の粉末を焼却する火力発電所。日本政府がCO2削減分を購入した=中国山東省で写真インドネシア・バリ島で12月にあった国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP13)会場でパフォーマンス。風船を割って、温室効果ガス削減を呼びかけた

 二酸化炭素(CO2)に値段がつき、株のように取引される。京都議定書の約束期間が始まった08年。欧州で取引初日となった2日の初値は、1トン当たり22.5ユーロ(約3700円)だった。

 高層ビルが立ち並ぶロンドン・カナリーワーフは、シティーに代わる新興の国際金融センターだ。その一角に、排出権ブローカー「カンターCO2e」のディーリングルームはある。

 壁には「08年12月物」から「12年12月物」まで変動するCO2排出権価格が表示されたボードがかかる。ネットや電話で千トン単位で注文が入る。1日数百万トンが売り買いされ、数億ユーロが動く。

 カンターのジェームズ・エマニュエル副社長は「天候、エネルギー価格、そして世界各国の環境政策から目が離せない」と話す。暖かな冬は電力消費が抑えられるため、排出権の値は下がる。欧州連合(EU)がCO2排出規制の強化策を打ち出すと、需要増加を見込んで価格が上がる――といった具合だ。

   ■   ■

 カンターが主に扱っているのは、EUが05年1月に始めた取引制度に基づく排出権だ。

 EU域内の工場や事業所約1万1千を対象に、CO2の排出量の上限を割り当て、その枠を超えた場合は1トン当たり100ユーロ(08年から)の罰金が科せられる。排出枠より多い会社は罰金を避けるため他から排出権を買い、逆に排出を枠以内に抑えられれば、余った分を売ることができる。

 市場原理を温室効果ガスの削減にいかそうという考え方は、97年に採択された京都議定書で盛り込まれた。この考えを自域内に持ち込み、世界に先駆けて市場をつくったのがEUだ。ロンドンなど各地に取引所もある。

 ヘッジファンドや中東のオイルマネー。排出権取引市場には世界中の資金が流れ込み、ディーラーやブローカーが金融工学を駆使して運用する。EU市場での価格は当初の3倍に高騰している。

 米国、豪州、シンガポールなどでも排出権取引市場の導入が進む。全体の市場規模はEUを中心に06年には300億ドルを超え、さらに07年は倍増したとみられる。

 欧州の電力会社は、石油、石炭、天然ガスといった燃料の価格にあわせ稼働する発電所を決めていたが、市場導入を機に排出権価格を指標の一つに加えるようになった。

 石炭は比較的安価だがCO2を多く排出する。天然ガスは高価だが排出量は少ない。発電のため排出されるCO2を排出権購入でまかなった場合いくらかかるかを計算して、どの燃料でどの発電所を稼働させるかを決める。ドイツ電力大手「E・ON」のステファン・ウルライヒ部長は、「稼働期間が長い発電所の建設投資の判断には、排出権価格の動向がさらに重要となる」と話す。

 地球環境に与える負荷がCO2価格に反映され、金融、企業、政策を動かす。それがまた価格にはね返る。経済が環境を軸に回り始めている。

 民間金融機関として初めて排出権取引を手がけた欧州の大手銀行、フォルティスのセブ・ウォルハイン部長は言う。「金本位制ならぬCO2本位制の経済だ」

   ■   ■   

 膨らみ続ける市場で、ジャパン・マネーの行方が注目されている。ある投資銀行が作った資料には、約束期間の5年間で日本の排出権需要が「10億トンになる可能性もある」と書かれていた。

     ◇

 日本政府や日本企業が二酸化炭素(CO2)排出権を世界中で買い集めている。すべては「キョウト」のために。

 中国・山東省禹城市の火力発電所。大型ショベルカーが、積み上げられたトウモロコシの茎の粉末を焼却炉に投げ込んでいく。植物はCO2を吸収して成長するため、石炭だけを燃やすのに比べCO2の排出を減らすことができる。この発電所では、年間20万トンの削減効果があるとされる。

 この削減分の買い主が日本政府だ。独立行政法人、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を通じ、英国の業者から約100万トン分を購入する契約を結んだ。

 排出権には欧州連合(EU)域内で取引されるもののほか、途上国で温室効果ガスの排出量を減らすCDM(クリーン開発メカニズム)事業に取り組んだ場合、その削減分を自国で使える制度や、先進国同士で同様の事業(共同実施=JI)を進める制度がある。

 日本政府と商社、電力会社、鉄鋼メーカーなどが、中国などアジア各国や南米で買い集めているのが、CDMやJI事業による排出権だ。07年末時点で268件、手に入れる排出権は1億トンを超える。日本は英国に次ぐ大口の「買い手」だ。

 京都議定書で90年比6%削減の義務を負う日本は、うち1.6%分(約1億トン)をCDMなどの排出権購入でまかなう計画だ。NEDOを通じ06年度から購入を進め、08年度予算案では308億円をあてる。他に電力や鉄鋼業界は「自主行動計画」に基づき、1億6千万トン余りを購入する。

 しかし、日本の06年の排出量(速報値)は逆に6.4%増えた。日本の省エネ技術は最高レベルで、これ以上の大幅削減は難しい。12年までの約束期間の終盤に、さらに大量の排出権を購入するしかなくなる――。市場関係者の間で共通するシナリオだ。

 最近、日本の商社が焦りを募らせている。CDMの買い付け競争で欧米に負けることが多くなっているからだ。

 「もし欧州の企業が買わなくても、いずれ日本が買う」と見る欧米の金融機関などが高い価格を提示し、量を確保しているのだという。ある商社の担当者は「別の商社が欧州の業者に売った排出権を、最初の3倍の値段で買わざるを得なくなった」とため息をつく。

 市場では、日本が必要とする排出量は5年間で最大10億トンとも言われ、日本の需要による排出権価格の高騰を見込む。もし価格が2倍になれば5兆円、今の価格でも2兆円以上のカネがCO2のために使われる。国民負担も膨らむことになる。

 「キョウトの先」でも、日本はすでに後れをとりつつある。

 欧州では排出権取引市場が京都議定書の約束期間の後も続く。排出権取引大手、エコ・セキュリティーズのアナリストは「欧州のディーラーは値上がりを期待し、13年以降の排出権も買っている」と説明する。日本は「ポスト京都」の枠組みが決まっていないという理由で、13年以降の排出権を買うところはない。

 ○市場未導入、売る場なし のらぬ財界、世界に後れ

 日本はCO2を外国から「買う」ばかりで、国内で「売る場」がない。

 EUのような国内の排出権取引市場をつくることに、経団連などが反対を貫いているからだ。厳しい排出枠が企業に課されると国際競争力を失い、逆に海外で非効率な生産を拡大してしまうという。経団連の三村明夫副会長(新日本製鉄社長)は「排出権取引はCO2の削減に役立たない」と切り捨てる。

 だが、ドイツ環境省のシャフハウゼン環境エネルギー部長は「日本の産業界はドイツの10年前とまったく同じ議論をしている。欧州では、排出権取引がコストとなる一方でビジネスチャンスも提供するということが、今では理解されている」と言う。

 世界は排出権取引市場の導入に動き始めた。ノルウェー、オーストラリア、ニュージーランドなどは、EUの市場との提携も模索している。

 京都議定書から離脱し削減目標のない米国も、市場創設にかじを切りつつある。ニューヨーク、カリフォルニアなど全米50州の約半数が排出権取引を導入する計画を持つ。排出権取引大手、ナットソースのジャック・コーゲン社長は「2年以内に連邦レベルでも排出権取引制度ができ、世界最大の市場となるだろう」と見る。ポスト京都も排出権取引は続き、さらに市場は拡大する。これが関係者の共通認識だ。

 国内に排出権取引市場が導入されなければ、EUの市場に価格形成力を奪われたままとなり、CO2価格を軸に動く世界経済の潮流から取り残されかねない。日本は売り買いの経験がないまま足踏みし、決断の先送りを続けている。03年に発足、自主的な排出権取引をしている米シカゴ気候取引所のリチャード・サンダー会長は「経験は重要だ。日本はいずれ参入すると思うが、遅れれば遅れるほど高くつく」と忠告する。

 欧州投資銀行の一線で働く数少ない日本人、フォルティスの白石到さんは言う。「日本はメーカーの技術力、商社の交渉力、豊富な資金力、排出権取引に不可欠な要素をすべて持ち合わせている。力を入れれば世界一になれる分野だ」

 ◆キーワード

 <京都議定書> 97年に採択。先進国は温室効果ガスの排出量削減が義務づけられ、08〜12年の5年間に90年比で日本は6%、米国7%、欧州連合8%などの削減目標が定められた。緩和措置として、国同士で排出枠を取引したり、排出削減事業に取り組むことで自国の削減分に充てたりできる「京都メカニズム」を導入。途上国は義務がない。米国が01年に離脱したが04年にロシアが批准、05年2月に発効した。CO2排出量は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のガイドラインに基づき、発電や工業生産などの経済活動から算出する。

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