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街並み崩壊・ひきつる叫び声…被災地、すさまじき光景

2011年3月12日16時15分

【動画】宮城県女川町の空撮

写真拡大津波で壊滅的な被害を受けた仙台市若林区荒浜地区の沿岸部で、ぼうぜんと立ちつくす人=12日午前7時33分、宮城県仙台市若林区

写真拡大水につかり孤立した中学校の3階から助けを求める声があった。手前の堤防から、水に浮かんだ木ぎれを足場に男性3人が救助に向かう=12日午前6時21分、宮城県石巻市、松川写す

拡大堤防が決壊し、水につかった集落=12日午前6時10分、宮城県石巻市、松川写す

 東日本を襲った地震と津波から一夜明けた12日、宮城県の被災地に朝日新聞の記者が入った。

■中学校から「助けてー」

 12日午前6時すぎ。南北を石巻湾と北上川に挟まれた宮城県石巻市。女川町に向かおうと川沿いの堤防道路をタクシーで進むと、山地の谷間にある集落の家々が、水につかっていた。

 破壊された住宅の木ぎれが水面を埋める。家々は1階のドアや窓が破れている。「この先で堤防が決壊したんだ。女川になんて行けないよ」。すれ違いざま、男性がこわばった顔で教えてくれた。

 大きな木が根元から倒れこみ、道をふさぐ。アスファルトの亀裂も、深さ1メートル近くあろうか。白と黒の大きな塊が転がっていた。体長1.5メートルほどの乳牛の死体だった。

 タクシーを降り、歩いて堤防を進む。

 「ここ! ここ! 助けてー」。女性の声が響いた。水につかった中学校の3階の窓に人影が見える。男性3人が、水面に折り重なる木ぎれの上を慎重に歩いて助けに向かう。思うようには進めない中、学校を目指していた。

 さらに数百メートル進むと、堤防が突然途切れた。土手もアスファルトも、まるで巨大な手で引きちぎられたように、300メートルほどがすっぽりとなくなっている。

 堤防の先端で作業服姿の男性が向こうを見つめていた。遠藤孝幸さん(30)。決壊した堤防の先にある集落に、妻の千明さん(28)と小学生の2人の息子が取り残されているはずだという。地震直後から一度も連絡が取れない。

 「なんとか連絡だけでも」。焦り、興奮、疲れ。さまざまな思いが垣間見える顔で独り言のようにつぶやく。「歩いて行けないこともないんじゃないか?」。だが、余震で津波が来たら? そう言うと、「そうだよな。ここにいたってしょうがないんだよな。でも何の情報もないのに、どうしたらいいんだ」。いらだちが口を突いた。

 「寒いから、中にいろー」。堤防から30メートルほどの民家に向かって叫ぶ男性。ガラス窓に若い女性の顔が見える。

 高橋春夫さん(51)は、仕事先の青森から車を飛ばしてやっと自宅にたどり着いたばかりだった。水につかった自宅2階に長女の恵さん(19)を見つけ、安堵(あんど)した。だが、父母と妻、子ども2人の安否はつかめないままだ。「地震で堤防が決壊するなんて、思ってもみなかった」

 別の家の2階には男性が取り残されていた。「そこの家におばあちゃんが残ってないかー?」。そう叫ぶ。

 指さす近くの家はすでにかなり傾き、2階部分すら一部が水中にある。「2階にいるはずなんだよー」。数人で堤防の土手からのぞき込む。声もかけてみるが応答はない。

 集落の背後にはうっすらと雪をたたえた山々が連なる。向こう側には、連絡がとだえ陸の孤島と化した女川町がある。達するルートは三つ。だが、そのうち二つ、堤防道路と鉄橋は途絶えた。残るは南側の海沿いの国道398号。徒歩で向かう。(松川敦志)

■声震わせる消防員

 石巻市では、胸のあたりまで水につかりながら、自宅に戻ろうとする人もいた。

 避難した人らは倒木などを拾い集め、11日夜からたき火で暖を取っている。町内会の人たちはボートで救出活動を続けている。

 中心街のパチンコ店で働いていた今井健一さん(23)と居酒屋経営の佐藤勝男さん(54)は11日午後4時ごろから、自動車販売店入り口の直径10センチほどの鉄パイプにしがみついて助けを待った。

 今井さんは「佐藤さんに鉄パイプをのぼろうと言われ、必死でよじのぼった」と話した。雪の中、2人で抱きしめ合いながら寒さをしのぎ、12日午前1時半ごろにボートで助けられたという。佐藤さんは「本当に死ぬかと思った」と話した。

 港近くの自宅に戻ることができない会社員三浦よし子さん(41)は、車の中で一夜を明かした。「夫から『自宅の2階ベッドまで水が来ている。隣と裏の家が流され、うちも危ない』と連絡を受け、心配で仕方がない。小1と小3の娘と連絡が取れない。ちゃんと小学校で避難していてほしい」。祈るような表情で話した。

 また、石巻港に面する工業団地や住宅など各地で火災が相次いで発生している模様だ。冠水で消防活動が制限され、ベテラン消防員は「こんなことは前代未聞。どこまで助けられるか」と声を震わせた。(西尾邦明)

■逃げる男性、目の前で

 12日午前6時前、200〜300人の遺体が見つかったとされる仙台市若林区の荒浜地区をめざした。発見された現場があるという海岸の方に向けて歩くが、泥とがれきでまっすぐ進めない。余震が続き、大津波警報が出ているため、警察官や自衛隊員も海岸付近に入れていない。

 道路は、車や梁(はり)がついた屋根、ひん曲がった標識やねじまがった電柱でふさがれていて、時に四つん這(ば)いになって進む。畳、たんす、冷蔵庫、テレビ。ありとあらゆる家具や生活用品が散乱している。泥と水で足の甲の部分まで埋まる。

 「救助まだですか?」「119番しても全然来てくれない」。午前7時半ごろ、自動車整備工場の建物2階で、横山哲史さん(29)が声を上げていた。

 横山さんによると、地震後しばらくして、警察官が拡声機で「津波だ、逃げろ」と絶叫した。海の方を見ると、煙のようなものが見えた。松林が倒され、電柱が次々となぎ倒されていった。「ゴゴゴゴゴゴー」と音がし、木の残骸が流れてきたという。男性が走って向かってきたが、津波にのまれたのが見えた。

 横山さんは妻妙子さん(30)と長男幸ノ介くん(6カ月)、父、母、祖母の6人家族。車に乗り込んで逃げようとしたが、後ろから来た津波に追いつかれた。車はサーフィンのような格好になり、200〜300メートル津波に運ばれて、田んぼに落ちた。12日午前6時まで、6人で車中で過ごした。車の前部分から浸水してきた。「死ぬんじゃないか」。諦めかけた。

 12日午前6時ごろ、後部座席の壊れた窓から逃げて、自動車整備工場の2階に避難した。祖母は水にぬれて震え、寝込んでいた。午前9時すぎ、上空に現れた救助ヘリに引き上げられて救出された。

 粟野信治さん(36)は11日、背後の「バキバキバキッ」という音で津波に気づいた。松林が波になぎ倒される音だった。「5、6メートルくらいの高さの黒い波が向かってくるのが見えた」。近くにいた長女(5)、長男(3)を車に乗せ、夢中で逃げた。3キロほど車を走らせ、何とか高台にたどりついた。「逃げ切れなかったら、死んでいた」(佐々木隆広、奥田貫、安仁周)

■ゆがんだ車、道端に

 宮城県の沿岸部に12日未明、福島県側から車で入った。

 浸水した仙台空港周辺。沿岸に近い空港へと真っすぐに続く県道を走った。交差点の信号は停電で真っ暗。赤色灯をつけた消防車とすれ違う。

 車道の両脇には車の列。車内で眠る人、疲れた表情を見せる人。このまま車内で夜を明かすようだ。

 南北に交差する「仙台東部道路」を過ぎて風景が一変した。急に路面がぬれ始め、道路脇には流されて車体がゆがんだ車が放置されている。家屋の柱とみられる木材や、ごみが散乱していた。

 あたりには潮のにおいがする。周囲に所々たまっている水は海水だ。地面に数センチ堆積(たいせき)している砂を指ですくうと、海水のにおいがした。「空港まで2.6キロ」。そう記された表示を過ぎたあたりから、道路が一面冠水し、進めなくなった。

 「ライフラインもだめ。コンビニもだめ。水もない。最悪ですよ」。周辺の住宅街の路上にいた男性は一気にまくし立てた。(佐々木隆広)

■「家はないだろう」

 約100人の遺体発見との情報がある宮城県名取市。目の前に現れたのは、がれきの山だった。地震から一夜明けた早朝から、自衛隊や消防などが生存者を捜しながら、がれきの撤去作業に当たった。

 道路だった場所の真ん中を家がふさぎ、角材や横転した車が道に覆いかぶさる。火がくすぶる所もあり、焦げ臭いにおいが漂う。

 「どこに頼めばいいのさ」。午前9時前、男性が自衛隊員に詰め寄った。津波が来るとの情報があり、撤去作業は一時中断。寝たきりの女性が家に残されていると思われるが、腰の所までに水が浸水し、近づけなかったという。男性はいらだった様子をみせ、自衛隊に指示された場所に向かった。

 近くの閖上中学校の屋上には、100人以上の人が救助を待っていた。自衛隊にすぐに救助してほしい人が4人いるとの情報がある。また、スーパーがあった場所で、がれきの下に取り残されている人もいそうだという。

 一晩をがれきの上で明かした人もいた。午前7時過ぎ、女性3人と赤ちゃん1人が自衛隊の小舟で救出された。救助された女性は「がれきの上に取り残された。水に流れてきた毛布をつかんでくるまっていた」と涙を浮かべて話し、救急搬送された。

 早朝に閖上付近にきた男性(57)は知人と連絡が取れないという。「昨日から何十回も電話をかけた。電池がなくなるぐらい。水がひかないと無理だ」。知人は、がれきの山のさらに奥に住んでいるという。「言葉がない」

 専門学校の男性(20)も崩れた屋根の上に立ち、惨状を見つめた。「すごいとしか言いようがない」。自宅は立っているところからさらに1キロ先。「家はないだろうし、なるようにしかならない」(篠健一郎)

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