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1995.1.31

阪神大震災

 1995年1月17日明け方、震度7の激震が近畿地方を襲った。

 天皇、皇后両陛下は午前6時半のニュースで、大地震を知った。被害状況が明らかになるにつれ、死者が刻々増えていく。両陛下は3日後の葉山御用邸行きや、2月末までの展覧会や音楽会などの鑑賞を中止するよう指示した。

 2週間後の31日、両陛下は大阪空港を経由し自衛隊ヘリで、まず兵庫県西宮市に入った。

 西宮市立中央体育館には当時、1100人が避難生活を送っていた。両陛下は地元知事や市長から被害状況の説明を受け、「かぜははやっていませんか」と医師に尋ねた。

 靴を脱ぎ、ひざをついて、被災者の背中をさすったりうなずいたりしながら話を聞いた。「大丈夫でしたか。皆で力をあわせてがんばってください」などと言葉をかけ励ました。両陛下はその日のうちに、芦屋、神戸両市や淡路島の北淡町(現淡路市)も訪れた。

 両陛下と被災地のつながりは、この年以降も途切れることはなかった。2005年、震災10周年追悼式典で兵庫県を訪れた際、懇談したある遺族からヒマワリの種を贈られた。震災で犠牲になった、小学6年の少女の自宅跡地に咲いたヒマワリの種だった。

 各地に広まり復興と鎮魂のシンボルとなって、少女の名にちなみ「はるかのひまわり」と呼ばれていた。種は御所の庭にまかれ、すくすく育ち元気な花を咲かせるようになった。

 2019年1月、最後の出席となった「歌会始の儀」で、天皇陛下はヒマワリが成長していく様子を歌に詠んだ。

 「贈られしひまはりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に」

なゐをのがれ戸外に過す人々に雨降るさまを見るは悲しき
※「なゐ」は地震の意
新年にあたり、宮内庁が発表した天皇陛下の歌
1996年