忘れられた戦い――。
日本から南へ3千キロ、太平洋の島国パラオのペリリュー島。太平洋戦争中、日本側から全滅に近い約1万人の犠牲者が出た、この島での戦いはそう称されてきた。2015年4月9日、天皇、皇后両陛下がこの島に降り立った。
気温30度前後。日本の方角に向けて建てられた「西太平洋戦没者の碑」を、両陛下が訪れた。供花台に白菊を供えると、深くこうべを垂れた。激戦の数少ない生存者や肉親を失った遺族の姿もあった。
両陛下は「お参りさせていただきました」「どうぞ元気でね」と一人ひとりに声をかけた。元日本兵の男性は「これまでペリリューはあまり知られていなかった。(両陛下の訪問で)世の中に知れたというのが一番うれしい」。別の元日本兵は「戦友に代わって御礼を申し上げます」と話すのが精いっぱいだった。「天皇陛下万歳と言い、日本を信じて死んでいった人がいましたから」。複雑な胸の内をのぞかせた。
訪問は陛下の長年の念願だった。ただペリリュー島には陛下や随員らの一行を乗せた旅客機が離着陸できる空港がない。両陛下への負担や安全面の問題が立ちはだかった。
海上保安庁の巡視船に宿泊し、搭載されているヘリコプターでペリリュー島に向かう計画によって、この旅は実現した。船内は急な階段や段差が多く、手すりをつけるなどの対策を講じたが快適とはいえない。貴賓室はもちろんない。それでも両陛下は納得の上で計画を受け入れた。
両陛下の訪問は、埋もれかけた戦争の歴史に光が当てられるきっかけになった。ドキュメンタリー映画が制作され、日本からの慰霊ツアー参加者も増えたという。
「太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」。天皇陛下は出発に先立ち、そう述べていた。