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祈りの旅

 天皇としてできるだけ早く全国を回りたい――。

 天皇陛下は口癖のように、折々にそう周囲に語ったという。通常、地方訪問は主催者側の願い出で視察先が決まるが、両陛下はその予定に加え、さらに隣県に足を運ぶなどして多くの人たちと対面した。

 即位から15年。2003年11月の鹿児島県訪問で、天皇陛下は全47都道府県を踏破した。この時点で、移動した総距離は約12万キロ。地球を3周した計算だ。17年11月には全都道府県の2巡を果たした。

 距離だけではない。訪問先での人々との向き合い方も、陛下らしい「平成流」だった。

 移動する「御料車」は大型リムジン「ロイヤル」の使用を最小限に控え、企業トップの公用車と同様の高級セダンを多く利用。沿道で出迎える人たちと目線を同じにするためだった。お二人は車の窓を開けて手を振り、遠くにいる人も見逃すまいと目をこらした。

 警備面でも私服姿の警察官が増加した。対向車線も規制しないで車を走らせるなど「ソフト警備」化が浸透していった。いずれも、国民に近づこうという両陛下の意向を踏まえた変化だった。

即位後の天皇陛下の主な訪問先

長崎
  • 1991年(平成3年)
  • 天皇陛下 57歳 / 皇后さま 56歳
  • 島原市などの雲仙・普賢岳噴火の被災地を見舞い、仮設住宅や避難所計7カ所を回る
タイ
マレーシア
など
  • 1991年(平成3年)
  • 天皇陛下 57歳 / 皇后さま 56歳
  • 「誠に不幸な戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう」と述べる
中国
  • 1992年(平成4年)
  • 天皇陛下 58歳 / 皇后さま 58歳
  • 国交正常化20年で訪問。日中戦争に触れて「多大の苦難を与えた」と述べる
沖縄
  • 1993年(平成5年)
  • 天皇陛下 59歳 / 皇后さま 58歳
  • 遺族に「言葉に尽くせぬものを感じます」と語りかけ、戦没者を慰霊。2018年までに11回訪問し、国立沖縄戦没者墓苑や日本最西端の与那国島などを訪ねる
小笠原諸島
  • 1994年(平成6年)
  • 天皇陛下 60歳 / 皇后さま 59歳
  • 太平洋戦争の激戦地・硫黄島で戦没者を慰霊
米国
  • 1994年(平成6年)
  • 天皇陛下 60歳 / 皇后さま 59歳
  • アトランタやハワイのホノルルなど17日間で11都市を訪れた
兵庫
  • 1995年(平成7年)
  • 天皇陛下 61歳 / 皇后さま 60歳
  • 阪神大震災の被災地を見舞う。神戸市、西宮市、芦屋市、北淡町の避難所や現場を回る
長崎
広島
  • 1995年(平成7年)
  • 天皇陛下 61歳 / 皇后さま 60歳
  • 戦後50年に戦争犠牲者を追悼し、平和を祈る「慰霊の旅」の一環で訪問
ブラジル
アルゼンチン
など
  • 1997年(平成9年)
  • 天皇陛下 63歳 / 皇后さま 62歳
  • 在留邦人や日系人の歓迎行事、ブラジルでは開拓戦没者慰霊碑に供花
英国
デンマーク
など
  • 1998年(平成10年)
  • 天皇陛下 64歳 / 皇后さま 63歳
  • 英国ではエリザベス女王主催の晩さん会
オランダ
スウェーデン
など
  • 2000年(平成12年)
  • 天皇陛下 66歳 / 皇后さま 65歳
  • オランダでは戦没者記念碑に供花したほか、福祉施設などを訪問
三宅島
新島
神津島
  • 2001年(平成13年)
  • 天皇陛下 67歳 / 皇后さま 66歳
  • 噴火で全島避難の三宅島をはじめ新島、神津島を視察、避難島民を見舞う
ポーランド
ハンガリー
など
  • 2002年(平成14年)
  • 天皇陛下 68歳 / 皇后さま 67歳
  • 各国大統領との会見や在留邦人との懇談なども
鹿児島
  • 2003年(平成15年)
  • 天皇陛下 69歳 / 皇后さま 69歳
  • ハンセン病療養所を視察。鹿児島で全都道府県の訪問を達成
新潟
  • 2004年(平成16年)
  • 天皇陛下 70歳 / 皇后さま 70歳
  • 新潟県中越地震の被災地を見舞う
サイパン
  • 2005年(平成17年)
  • 天皇陛下 71歳 / 皇后さま 70歳
  • 戦後60年での慰霊訪問
リトアニア
英国
など
  • 2007年(平成19年)
  • 天皇陛下 73歳 / 皇后さま 72歳
  • リトアニアの杉原千畝記念碑を訪問、ロンドンでリンネ生誕記念行事で講演。英国へは12年に、エリザベス女王の在位60年で公式訪問
宮城
岩手
福島
  • 2011年(平成23年)
  • 天皇陛下 77歳 / 皇后さま 76歳
  • 被災地を訪問。自衛隊ヘリで上空から被災状況も視察
パラオ
  • 2015年(平成27年)
  • 天皇陛下 81歳 / 皇后さま 80歳
  • 戦後70年での戦没者慰霊
フィリピン
  • 2016年(平成28年)
  • 天皇陛下 82歳 / 皇后さま 81歳
  • 国交正常化60年での訪問、戦没者を慰霊
利尻島
  • 2018年(平成30年)
  • 天皇陛下 84歳 / 皇后さま 83歳
  • 島訪問を大切にしてきた両陛下にとって55島目で、在位中最後の離島訪問
東京
  • 2018年(平成30年)
  • 天皇陛下 84歳 / 皇后さま 83歳
  • 平成最後となる全国戦没者追悼式、天皇陛下は「おことば」で4年連続で「深い反省」という文言を使い、「戦争の惨禍が再び繰り返されぬこと」を切に願うとした
岡山
愛媛
広島
  • 2018年(平成30年)
  • 天皇陛下 84歳 / 皇后さま 83歳
  • 西日本豪雨の被災地を訪問。大きな被害が出た岡山県倉敷市では、自衛隊ヘリで上空から被災状況を視察

即位後の天皇陛下の主な訪問先

  • 長崎
    1991年(平成3年)
  • タイ
    マレーシア
    など
    1991年(平成3年)
  • 中国
    1992年(平成4年)
  • 沖縄
    1993年(平成5年)
  • 小笠原諸島
    1994年(平成6年)
  • 米国
    1994年(平成6年)
  • 兵庫
    1995年(平成7年)
  • 長崎
    広島
    1995年(平成7年)
  • ブラジル
    アルゼンチン
    など
    1997年(平成9年)
  • 英国
    デンマーク
    など
    1997年(平成9年)
  • オランダ
    スウェーデン
    など
    2000年(平成12年)
  • 三宅島
    新島
    神津島
    2001年(平成13年)
  • ポーランド
    ハンガリー
    など
    2001年(平成13年)
  • 鹿児島
    2003年(平成15年)
  • 新潟
    2004年(平成16年)
  • サイパン
    2005年(平成17年)
  • リトアニア
    英国
    など
    2007年(平成19年)
  • 宮城
    岩手
    福島
    2011年(平成23年)
  • パラオ
    2015年(平成27年)
  • フィリピン
    2016年(平成28年)
  • 利尻島
    2018年(平成30年)
  • 東京
    2018年(平成30年)
  • 岡山
    愛媛
    広島
    2018年(平成30年)

 現人神あらひとがみから象徴へ――。

 戦争を経て、天皇の位置づけは一変した。だが、象徴天皇のあり方をめぐっては、昭和天皇と天皇陛下には大きな違いがあった。

 それを感じたのは、三原山の大噴火があった伊豆大島の被災者への向き合い方だ。昭和天皇は1987年6月に島を見舞った際、代表者を前におことばを述べる場面はあったが、島民一人一人に直接声をかける場面はなかった。一方、天皇陛下は皇太子時代の86年11月、都内に避難した島民を訪れた時、避難所の床にひざをつき、顔が近づくほどに歩み寄った。

 両陛下は被災地や福祉施設を訪れた際には、被災者やお年寄りを支える人たちには「ご苦労さま」「お疲れさま」といった言葉よりも「ありがとう」と声をかけることが多かった。この理由について、長く侍従長を務めた渡辺允さんは「第三者ではなく、当事者の側に立たれたからこその言葉だったのでしょう」とみる。

 退位が近づいても、天皇陛下は皇太子さまに皇位を引き継ぐその時まで、務めを全うすることにこだわった。2018年11月には、北海道地震の被災地・厚真町を日帰りで訪れた。象徴の務めとして島々への訪問も大切にし、18年8月に55島目となる北海道の利尻島へ。約4時間かけて島内を一周した。

 2016年8月。天皇陛下は退位の意向をにじませたおことばのなかで、次のように語った。「国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」。

この「祈りの旅」は5月以降、新天皇、皇后に受け継がれる。

国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。