動画パート

オープニング

第3部:アイドルを夢見た「実行犯」

金正男氏を殺害したとして逮捕されたベトナム人の女性は、一貫して無実を訴えている。アイドルを夢見ていた彼女が、なぜ事件に関わることになったのか。きっかけは、「ミスターY」を名乗る男との出会いだった。

  • フォンの歩み
    1988年 ベトナム北部ナムディン省で生まれる
    フォンの実家近くの市場。父タインさんは市場の掃除をして生計を立てている=ベトナム北部ナムディン省、ライ・タイン・ビン撮影
  • 2010年 地元の高校を出た後、ハノイの大学に進学
    学生のころのフォン=家族提供
  • 2014年 ハノイのナイトクラブで働く
    大学に通わなくなった後、ナイトクラブのバーで接客役として働いていたフォンとみられる女性(中央奥)=ナイトクラブのフェイスブックから
  • 2016年4月 ユーチューブの番組に出演
    事件の前年にユーチューブの番組に出演していたフォン(右)=ユーチューブから
  • 2016年6月 オーディション番組「ベトナム・アイドル」に出演
    2016年6月にアイドル発掘番組に出演したフォン=ベトナムの現地メディアのウェブサイトから
  • 2016年12月 ハノイのバーで北朝鮮の男に「いらずら番組」に出ないかと誘われて快諾
    フォンは事件の約7週間前、ハノイのこのバーで北朝鮮の男「ミスターY」から「いたずら番組」への出演を持ちかけられたとされる=ライ・タイン・ビン撮影
  • 2017年1月 ハノイやプノンペンなどで「いたずら」の撮影
    通行人の背後から肩越しに両手を伸ばし、顔に「いたずら」するフォン(中央)の姿を、ハノイの空港の監視カメラは記録していた=関係者提供
  • 2017年2月4日 北朝鮮の男とともにハノイからマレーシアに移動
    フォン(右)が事件前に泊まっていたマレーシアのホテルの防犯カメラには、北朝鮮籍の「ミスターY」とみられる男が支払いをする様子が記録されていた=関係者提供
  • 2017年2月11日 事件当日と同じ時間帯と場所で「いらずら」の撮影
    事件現場となったクアラルンプール国際空港第2ターミナルの出発ホール。正男氏は自動チェックイン機(中央)の前で襲われた=乗京真知撮影
  • 2017年2月12日 事件前日に自分で髪を切って撮影に備える
    事件前日、ホテルの自室で鏡を見ながら、自分で髪を切りそろえたフォン。自撮り写真が携帯電話に残っていた=関係者提供
  • 2017年2月13日 正男氏の顔に液体を塗る「いたずら」の撮影、正男氏は死亡
    事件直後、手を洗うためにトイレに向かうフォン。シャツの袖が汚れないように手を上げて歩いたと供述している=関係者提供
  • 2017年2月15日 正男氏暗殺の実行役として殺人容疑で逮捕される
    逮捕されたフォン=マレーシア警察提供
  • 2017年10月2日 裁判が始まり、無実を訴える
    フォンが泊まっていたホテルで押収された長袖シャツの袖からは、猛毒VXの関連物質が検出された=関係者提供
  • 2019年3月11日 もう1人の実行役のインドネシア人被告が釈放されるがフォン被告は裁判継続
    涙を浮かべてクアラルンプール郊外の裁判所から出るベトナム人のフォン(中央)=2019年3月14日、乗京真知撮影

第一章

第一章
夢はアイドル、降ってわいた出演話

 実行犯として逮捕されたフォンのふるさとは、のどかなベトナム北部の農村部にあった。そこでフォンは、5人兄妹の末っ子として育てられた。継母は「ネズミや虫も怖がるような、優しい子でした」と振り返る。順風満帆だった人生の歯車が狂い始めたのは、芸能界入りを目指して都会で暮らすようになってからだ。

 東アジア風の男が声をかけてきたのは、事件の約7週間前だった。韓国の撮影会社のカメラマンだと言う男は、「ミスターY」と名乗った。フォンがアイドル志望であることを見透かしたように、好条件の「いたずら番組」の出演話を持ちかけてきた。

 フォンに演技を指導し、動画を撮影して番組を作るカメラマン。そんなミスターYの肩書は、全くのでたらめだった。後の捜査で明らかになったミスターYの国籍は「北朝鮮」。ベトナム語をりゅうちょうに操る、「工作員」だった疑いが浮上した。

第二章

第二章
背後からガバッ、重ねた予行演習

 後ろから忍び寄り、顔に液体を塗って、逃げる――。そんな「いたずら」の動作は、事件11日前までに完成していた。撮影がうまくいけば出演料も上がり、次の撮影依頼が舞い込んでくる。フォンの演技は、カメラマン「ミスターY」の指示通りに、磨き上げられていった。

 事件の9日前には、いよいよマレーシアに乗り込んだ。ホテルの監視カメラは、荷物運びから支払いまで、まるで恋人のように付きそう「ミスターY」の姿を記録していた。2回連続で撮影に成功した被告への報酬は、家賃の5カ月分に相当する額だった。

 事件現場の下見や撮影を続ける間、ホテルを4回変えていたことも判明した。宿泊先を頻繁に変えていれば、仮に怪しまれた場合でも追跡が難しくなる。入念な準備のもと「撮影本番」に臨んでいた。

第三章
なぜ逃げない?捜査員も困惑

 「新しい髪形で、かわいく映りたい」。フォンは事件前夜、ホテルのロビーでハサミを借り、自ら髪の毛を切っていた。正男氏を襲うことになる翌日が「撮影本番」だと北朝鮮の男から聞かされていたからだった。

 事件当日、北朝鮮の男が持ち出したのは、異臭を放つ「黄色みがかったベタベタの液体」だった。液体を目に塗られた正男氏が、直後から血を吐き、意識を失う一方で、なぜ液体を素手で扱ったフォンには健康被害が出なかったのか。液体の鑑定にあたった化学者が、その理由を証言した。

 フォンは事件の2日後、現場に戻ってきたところを逮捕された。パスポートも航空チケットも持っていなかった。犯行時に着ていた服は、ホテルにそのまま残されていた。逃げ隠れせず、証拠隠滅も図らない。その不可解にも見える行動の裏には、真相解明につながる手がかりが眠っていた。

エンディング

 2017年2月の事件発生後、捜査当局は実行役の女2人を起訴し、指示役とされる北朝鮮の男ら8人の名前を公表した。ところが北朝鮮の8人は事件後に全員出国。北朝鮮当局は捜査に協力せず、容疑者の引き渡しに応じていない。真相解明は難しくなっている。

<お断り>事件発生前から裁判までを振り返る連載「金正男暗殺を追う」では、フォンさんの呼称(容疑者や被告など)の変化による混乱を防ぐため、呼称を省いています。フォンさんは4月1日にマレーシアの裁判所から禁錮刑を言い渡され、刑期を終えた5月3日に出所、ベトナムに帰国しました。

北朝鮮に向けて運び出される正男氏のひつぎ

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