祈り

谷川俊太郎

一つの大きな主張が

無限の時の突端に始まり

今もそれが続いているのに

僕等は無数の提案をもって

その主張にむかおうとする

(ああ 傲慢すぎる ホモ・サピエンス 傲慢すぎる)

 

主張の解明のためにこそ

僕等は学んできたのではなかったのか

主張の歓喜のためにこそ

僕等は営んできたのではなかったのか

 

稚い僕の心に

(こわれかけた複雑な機械の鋲の一つ)

今は祈りのみが信じられる

(宇宙の中の無限小から

宇宙の中の無限大への)

 

人々の祈りの部分がもっとつよくあるように

人々が地球のさびしさをもっとひしひし感じるように

ねむりのまえに僕は祈ろう

 

(ところはすべて地球上の一点だし

みんなはすべて人間のひとり)

さびしさをたえて僕は祈ろう

 

一つの大きな主張が

無限の時の突端に始まり

今もなお続いている

そして

一つの小さな祈りは

暗くて巨きな時の中に

かすかながらもしっかり燃え続けようと

今 炎をあげる

疑いつつ職人のように書く

谷川俊太郎さんインタビュー

二〇一二年三月五日掲載

 ――震災後、ご自身の詩の言葉は変化しましたか。

 「『9・11』のときと同じ感覚なんですが、意識下、潜在意識の、言語が生まれていない、もやもやしたところに震災が深い影響を与えている。詩は、潜在意識から出てくる。震災や原発事故が影を落としている」

 ――震災後の世の中の言葉は?

 「みんなすごく浮足立っているという感じはしますね。被災された方々の言葉は、評論家みたいな言葉ではなくて、『誰それが無事』とか『家が壊れたからどこそこにいく』とか、すごくリアリティーがある現場の言葉。メディアで流されている言葉は浮足立っている。みんな平常心を失っている」

 ――どんな意識で1年を?

 「今までの生活を地道に続けることが一番大事。自分ができる範囲内での協力をする、と。年だから、ぼくは被災地にいってボランティアをしても役に立たないだろうから。もっぱらお金を出していました。それが一番有効であろうと」

 ――詩人としては?

 「普段のように詩を書いていこうと。震災後、直接的に『311』を主題とする詩は書いていない。被災者じゃないからリアリティーがないという気がして書きたくなかった」

 ――震災後の世界へという趣旨での書き下ろしをお願いしたところ、谷川さんは断られました。

 「震災を意識せざるを得ない。あるテーマのために書こうとすると、ろくな詩は書けない。自分が被災者だったら書けたと思う。(大きな出来事に)すぐに反応するのは、ぼくはちょっと疑問。ああいうことがあったときに、何年でも自分の意識下で、うごめいていてね、ある日それが、意外な言葉になって出てくることがあるのかもしれない。詩人だから、言語であの現実に答えなきゃいけないという気持ちはない。動揺せずに、ふだんと同様の生活をすることが大事だと」

 ――詩人の和合亮一さんが福島から詩を発信し、多数の読者を獲得しましたが、詩壇からは批判も出ました。どうみていますか。

 「和合さんの言葉は、現場の言葉。ぼくは『あんなもの詩でない』という立場はとらない。いわゆる詩でなくてちっともかまわない。いい言葉であればいい。人が感動する言葉であれば、詩であろうと散文であろうとなんでもいい、と思う」

 ――和合さんの人気は、詩的言語が必要とされていたことのあかしでは。そのニーズにこたえないといけない、と思わない理由は?

 「ローマ法王が、沈黙の大切さを説いていた。黙っているのが僕は好きで。みなさんのおしゃべりにうんざりしているところがあるんですよ」

 ――詩の言葉が求められているとしても、ですか。

 「古典を探せば、こういうときに、慰められる言葉はいくらでもある」

 ――震災後、詩の力については。

 「詩を書き始めた頃から、言語を疑い、詩を疑ってきた人間。こういうときに、みんなが言葉を求めていると聞いて、むしろ意外だった。自分に非常事態が起こったときに、言葉で慰められるとは思えない。水をくれとか食べ物くれとか、あったかい布団をくれとか、いうと思う。ぼくは、詩人より、普通の人の言葉の方がずっと大事だと思っている」

 ――では、詩の言葉とは何なのか。

 「無駄なものでしょう。役立たずの言葉。どうとられようがいいんです。否定されようが肯定されようが。だから逆に、自分の作品を読んで励まされると聞くとうれしい。そういう慰められたとか励まされたという人はいるわけだから、それぐらいには、役にたっているんだろうな、と」

 ――では、市井の人の言葉と詩人の言葉はどう違うのでしょうか。

 「木の職人が木の箱をつくるじゃないですか。たとえば、釘をつかわずに、いいと思う木を選んでつくる。いい言語の細工物であれば、それはいい、と。美しければ、普通の人も買ってくれる」

 ――詩人は日常的にいい細工物をつくらないといけない、と。

 「そうですね」

 ――詩人は、誰のために書いている。

 「ぼくはもうあきらかに、読者のため、金のため。詩で金を稼いできたわけだから。資本主義社会のなかで書いてきたわけだから」

 「読者というのは他者。完全に意識下の問題。赤ん坊の時から今まで生きてきた人間関係、社会との関係。積み重なってきたもの、よどんだものが意識下にあって、そこを通過して、言葉が出てくる」

 ――もうひとりの自分がいる。

 「つねに二重ですね。一番最初に2行くらいがうかぶときは、完全に意識下から出ているという感触。自分でも、なぜこんなことばが浮かぶのかと思うけど、それをディスプレーで見た瞬間に読者の立場になっている。そういうフィードバックを間断なくやっている。一種のスイッチングみたいな」

 ――無意識の世界とは。

 「宇宙を含めた全存在は、人間に言語が生まれる何億年も前からあった。その言語以前のものを我々は体内にちゃんともっている。その言語以前のものに触れたい、というのが詩の一つの欲求だと思う。人間の赤ん坊も恐竜も自然も、みんな言語以前のもの」

 「言語は現実と比べると、本当に不完全なもの。現実が100の豊かさをもっていたら、言語は2か3くらいの豊かさしかない。だから、普通の実用的な言語とは違う次元で言語を使わないと触れることはできない。言語に対する疑い、詩に対する疑いが自分を駆り立てて詩を書かせてきた」

 ――言語が世界を変えるという信頼は?

 「変えるとは全然思っていない。言語のエネルギーは素粒子のそれのように、本当に微細なもの。政治や経済の力、権力などと比べても比べようにならないくらい微細なエネルギー。でも、素粒子のエネルギーがなければ、世界は成り立たない。そういう微小なエネルギーで我々は仕事をしている。だから、古典は長い時間をかけて人間を変えてきている。詩を読んで慰められたり励まされたりする、というのは、言葉の持っている微小なエネルギーが非常にデリケートな形でその人に働いた結果だと思います」

 ――現代の詩は、分かりやすい癒やし系のものと、難解な現代詩に、二極化している。

 「ぼくはもう完全にすみわけ理論。読者が自分にあう好きな詩を読めばいい。現代詩がすごくおもしろいという人は現代詩を読めばいいし、現代詩が難解でつまらないと思う人は相田みつをさんを読めばいい。そのへんの優劣はつけられなくなっている。かつては一種のヒエラルキーがあって、この人はすばらしい詩人で、この人は俗な詩人ということがいえた。いまは、ポップスの歌詞も詩。なにが詩で、何が詩でないということはいいにくい時代で、批評家は大変」

 「詩が拡散している、大衆社会に。映画にもファッションにもテレビにも漫画にも。みんな、現代詩みたいなとんがったものに頼る必要はないとして、(詩以外のコンテンツで)詩的要求を満たしている」

 ――詩の言葉が拡散したとすれば、それを加速してきたのは、谷川さんご自身では。

 「ただ、ぼくの場合は、トイレに詩を飾ってはもらえませんからね。それは別の方たちの功績でしょうね。ぼくは言語の新鮮さというのを考えている。使い古された言語を組み合わせて、みんなが了解可能な叙情を出そうという考えはない。毒があったり、アンチなものがあったり。ちょっといじめてやろうとか意地悪しようとかいうことがある」

 ――読者を慰撫(いぶ)することが役割ではないと。

 「そういう言葉は定型や使い古された決まり文句的なもの、いわゆるクリシェ(紋切り型の表現)になる。ぼくは新鮮な言葉を使いたい」

 ――いわゆるデビュー作「二十億光年の孤独」(1952年)の「祈り」を読んでいただきました。当時、どんな思いでしたか。

 「この詩は、朝鮮戦争の影響を受けている。当時の私は10代のおわりで、隣の国で大国の対立を背景にした代理戦争みたいなことをしていることに、すごく不安感をもっていた。地球全体の運命といものを若者なりに考えていたと思います。でもマルキシズムには近づかなかったので、現実に対する自分の態度としては何かを願い、祈るということしか考えられなかったんだと思います」

 ――朗読については?

 「印刷された活字メディアの詩と同格に位置づけている。黙読でもみんな絶対、韻律や音、調べ、ピッチアクセントを感じているんですよ。現代詩の難しいのは、我々の体の中に入っている音韻的なものを無視して、意味的にばっかり書くから」

 「朗読でおもしろいのは、受け手が現場にいて、リアルタイムに反応が返ってくること。詩人にとって励ましになるし、出て行かれたら批判になる」

 ――震災後、「頑張れ日本」という大きな物語が叫ばれました。

 「我々は『欲しがりません勝つまでも』とか『一億総懺悔(ざんげ)』とか、いろんなキャッチフレーズを聞いて育った。だから、そんな物語はもはや耳にとまらない。そもそも、ぼくは集団が苦手」

――そういう言葉の量産を心配する人もいましたが。

 「判断力が鈍っているということ。むしろ受け止める側の問題では。それを自分の言葉でとめようとか、そういう意識はぜんぜんない、ぼくは無力だから」

 ――でも、毒を出すのがポイントと。

 「すごく微妙な毒ですよ。いきなり、死ぬような毒じゃなくて」

 ――大きな物語にやはり対抗しているのでは?

 「どこかで対抗しているんでしょうね、きっと。一種の意識としてはね。『頑張れ日本』みたいな言葉をみると反射的に気持ち悪くなる。そういう自分というのはちゃんと持っていたい。声高に叫ぶことはしなくても」

(聞き手・赤田康和)

谷川俊太郎

たにかわ・しゅんたろう 1931年東京生まれ。52年に最初の詩集『二十億光年の孤独』。本作は同詩集に収録されている。62年「月火水木金土日の歌」で第4回日本レコード大賞作詞賞、75年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞、2010年『トロムソコラージュ』で第1回鮎川信夫賞など