打球のスピード、そしてその飛距離は、世界最高峰の舞台でトップクラスの数値をたたき出す。これまで挑戦してきた日本選手の枠を飛び越え、豪快なアーチをかけた。

松井秀喜の記録は通過点

7月7日、快晴の本拠エンゼルスタジアム。「2番・指名打者」で挑んだレッドソックス戦の五回だった。

自打球を2度、右足首と左ひざに当て、痛みで顔をゆがめた。それでもめげなかった。胸元に来た同じように厳しいボールを振り抜く。白球は大歓声のなか、右翼席に届いた。

日本を代表する強打者として大リーグに挑戦したヤンキースの松井秀喜が、2004年に記録した日本選手シーズン最多の31本塁打を超えた。

レッドソックス戦で32号本塁打=ロイター

記録を塗り替える選手は現れないのではないかと言われてきた。が、松井が31本塁打を159試合目で打ったのに対し、大谷は86試合目であっさりと抜いた。

2日前の7月5日は誕生日。この一発は、27歳を走り出す自身への号砲にもなった。

大リーグで日本選手はパワーで劣るとされてきた。しかし、今季、その固定概念を壊した。打球の最速は119マイル(時速約191キロ)で、全30球団の選手のなかで4番目の数値。最長飛距離は470フィート(約143メートル)で9番目だった。

打撃解説

固定観念を壊したパワー

「結果はベストを尽くした先にある」。身長193センチの恵まれた体格だけでプレーしているのではない。

ベンチで何度もフォームを見直し、次打者席で投手とのタイミングを1球1球取り続ける。今季の打席数は639。その何倍もの時間をかけて彼は準備する。

最終盤まで本塁打王を争った46本塁打は、その証しだ。

ペレス、ゲレロJr.とのホームラン差

今季の大谷狂騒曲はここから始まった。4月4日のホワイトソックス戦。2番・投手で初登板し、大リーグで自身初めて投打同時出場を果たした。球史を動かした日になった。

100マイルを連発

大谷の可能性を示した試合だった。米スポーツ局ESPNが全米中継したこの日、初めて投打同時出場。大リーグの公式戦で投手が2番を打つのは1903年以来、118年ぶりだ。

新型コロナウイルス対策で観客は1万2396人と定員の約3割に制限されるなか、久しぶりに地元ファンから声援を受けた大谷は力でみなぎっていた。

ホワイトソックス戦に先発した大谷=ロイター

一回1死、カウント2―2からの5球目で100.6マイル(約162キロ)を計測。続く打者には100マイルを2球記録した。力強い直球で打者を押し込めば、落差の大きいスプリットで斬る。2018年に受けた右ひじ再建手術からの復活を印象づけた。

するとその裏の第1打席、高め直球を右中間席へたたき込む。打球速度は115.2マイル(約185キロ)。一回の攻防だけで見ている人の心をつかんだ。

歴史的シーズンを予言

4回3分の2を3失点で勝利はつかなかったが、収穫は多かった。91球目に100.9マイル(約162キロ)を記録するなど、投じた92球のうち100マイル超えは9球もあった。しかも二回と四回は攻撃で最終打者となり、休む間もないままマウンドに上がり、好投した。

エンゼルスのワイズ投手コーチら多くの野球関係者は、この試合を大谷の名場面に挙げる。「体自体は動いていた。自分が楽しんで100%力が発揮できたと思えば、そういう試合が多くなるんじゃないか」。淡々と登板を振り返った大谷の言葉は、歴史的なシーズンを予言していた。

打席で、マウンドで、そして塁上でも積極的だ。二盗を試み、鋭いスタートを切る。長打では迷わず二塁を蹴って三塁へ到達。常に先の塁を目指している。

本塁へ「迷いはなかった」

本塁に滑り込んだ大谷は、勢いあまってグラウンドに仰向けになったまま両腕を突き上げた。「回るしかないので、打球が強くてどうかなと思ったが迷いはなかった」

7月2日のオリオールズ戦。7-7の九回2死、まずは左投手の投球動作を見極め、果敢に二盗。そして、鋭い打球の右前安打で三塁を蹴って本塁へ突進。滑り込んで伸ばした足がわずかに捕手のタッチよりも早く本塁に触れた。劇的なサヨナラ勝ちだった。

スピードでも観客を魅了した大谷=ロイター

まさに「大谷デー」。

三回に右中間ソロを放ち、四回は左へ運ぶ一時逆転の2ラン。6月30日のヤンキース戦で1回を持たずに7失点で降板したが、その後、チームは逆転勝ち。「みんなが(30日は)取り返してくれて、今日は何とか自分で取り返したい気持ちでいました」と直後のインタビューで息を弾ませて答えた。

「スーパーマンみたいだ」

シーズンを振り返って、ハインズ一塁コーチはうれしそうに話す。「彼は走者としてエリートだ。盗塁もどのタイミングでできるかを見極められる。ボディーコントロールにもたけているからスライディングは簡単にするよね」

その身体能力の高さを示す記録が生まれた。9月29日、今季25個目の盗塁を決めた。1シーズン45本塁打以上を打った選手では、大リーグ史上6人目だった。「キャプテン・アメリカか、スーパーマンみたいだよね」とハインズコーチ。パワーとスピードを兼ね備えていることを証明した。

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目の肥えた大リーグのファン、応援する日本のファンを魅了したのはプレーだけではない。野球を楽しむ少年のような屈託のない笑顔に、誰もが心を撃ち抜かれた。

緊張の瞬間、みせた笑顔

時には悔しくてむくれることだってある。ただ、無邪気な笑顔を見せることの方が断然に多い。

今季、勝負を避けられ、敬遠で一塁へ20回歩いた。全30球団の選手で2番目に多い。それでも、一塁へ向かう大谷はバットを片付けにくる「バットボーイ」に楽しげに話しかけ、相手の一塁手と笑顔で言葉を交わす。27歳の周囲は明るい空気に包まれている。

死球を受けても笑顔で一塁へ向かった試合がある。

9月16日のホワイトソックス戦。6点リードの九回、右ふくらはぎに死球を受けた。2球前にも体すれすれのボール。球審は故意死球と判断し、投手とその判断に抗議した相手監督を退場処分にした。球場が騒然とするなか、大谷は意に介すことなく、笑顔で相手の一塁手と肩を組んだ。大谷が激高すれば、乱闘騒ぎに進展したかもしれない場面。メディアはこぞって、紳士的な対応を称賛した。

アストロズ戦10点先行された九回裏も、ベンチで笑顔を絶やさない

ゴミ拾いを続ける理由

大谷がグラウンドやベンチでゴミを拾うシーンも話題を呼んだ。「ゴミ拾いは運気を拾う」という岩手・花巻東高校野球部の教えをいまだに実践。体に染みついていると言っていい。

反響をどのように見ていたのかと聞かれた大谷は、少し考えて言った。「うーん、特にはないですが。ベンチの中とか危なかったりする。階段で転ぶ人もいますし、小さい、つまらないケガは、自分もそうだが周りの人にしてほしくないなと思っています」。さりげなく、かっこいいことをするのも大谷の魅力だ。

選手なら、誰もが憧れるオールスター戦(球宴)出場。今季、主役を張ったのは大谷だった。前日の本塁打競争から話題を独占し、「特別ルール」での出場も認められた。

5万人の視線

一目でいいから見てみたいーー。野球関係者やファンのそんな願いはかなった。7月13日、大谷はオールスター戦に「1番・指名打者(DH)と先発投手」として出場した。コロラド州のクアーズ・フィールドに駆けつけた5万人近いファンは大興奮だった。

球宴前日の本塁打競争に参加した大谷(右から4人目)=ロイター

大谷は投手と野手の両方で球宴に選ばれた。大リーグ史上初めてのことだ。

1933年にベーブ・ルース(ヤンキース)が本塁打を放つなどして始まったこのイベントは、その年のベストな選手を集め、全米に披露する意図があった。

今年の目玉は大谷だった。大リーグ機構(MLB)は大谷の前半戦の投打の活躍に敬意を払い、両面でプレーさせる形を探した。投手として降板した後も、「交代」にならずにDHで試合に残れる特別ルールを採用した。

イッツ・ショー・タイム

試合当日は日本だけでなく、米国での注目度も高かった。打撃は2打数無安打に終わったが、1回無失点で勝利投手に。五回に代打を送られて交代した大谷は「楽しかった」を繰り返した。そして言った。「ルール自体を変えてもらった。なかなか伝統ある場所では難しいと思うんですけど、感謝しています」

前日には日本選手として初めて本塁打競争に出場。鋭い打球や飛距離だけでなく、笑顔や疲れ切った表情にファンは沸いた。期間中は、単独で起用された30秒のCM「イッツ・ショータイム」が繰り返し流れた。

スター選手の集いは、大谷のための試合になった。