第5回 手塚治虫文化賞 2001

マンガ大賞

マンガ大賞陰陽師岡野玲子さん、原作・夢枕獏さん

陰陽師

あらすじ

 天文、占い、呪術(じゅじゅつ)に秀でた平安の陰陽師安倍晴明が、雅楽の名手である友・源博雅と共に、鬼や怨霊、天変地異に挑む。

受賞コメント/岡野玲子氏

 『陰陽師』は、描き進めていくうち、原作から随分離れてしまったが、描き手である私の手からも、実は離れてしまっている。私をじっと見つめて描き手に智恵を与えながらも、こちらのぬかりに厳しくチェックを入れる一対の目があり、7巻の頃から、一寸もそらせることもできず睨(にら)み合ったままである。それは、第10巻を仕上げる資格があるのか、続けて11、12巻を描いてゆく資格があるのか、描き手自身に厳しい突っ込みを入れてくる。

 その突っ込みに対し、素早い善処が求められる。それは作品のクオリティーを保つために描き手が諦め、目をつぶっていた環境やスタッフ、描き手自身の健康にも及んだ。その一つ一つへの対処にも完全性を求められる。問題の10巻の原稿をすべて入稿した直後、この賞の大賞を受賞した知らせが届いた。まんじりともしない一瞬があった。

 10巻までの描き手の選択を「諾(よし)」と認められた、飴(あめ)でもあり、続く巻を進めても「諾」と許可する、鞭(むち)でもある。描き手のツボはすべて押さえられている。

 こりゃ新手の試練だ。

 描き手は義理の父の名を冠する賞を謹んで拝受し、続く『陰陽師』の完成まで、勝ち目のないジャズのセッションをしてるみたいだが、善処させていただきたい、と謹みて、謹みて、思う。

(2001年の贈賞式小冊子から)

受賞コメント/夢枕獏氏

 ぼくの大好きな手塚治虫さんの名前のついた賞をいただけること、本当に嬉(うれ)しく思います。ぼくは、原作者ではありますが、漫画『陰陽師』の一ファンです。

 原作を素材としながら、岡野玲子さんが、この『陰陽師』を、漫画という手法でより完成度の高い作品にしてくれました。これは、誰にでもできるということではありません。岡野玲子という才能があってはじめて可能であったことと思います。

 連載第1回目を読んだ時には、震えがきました。とてつもない作品に出合ってしまったという興奮で、あちこちの知人に電話をして、岡野版『陰陽師』をほめちぎった記憶があります。

 ぼくは、この賞の審査委員のひとりであったので、『陰陽師』がノミネートされた時には、たいへん迷いました。この素晴らしい作品にはどうしても高い評価をせざるを得ず、かといって、審査委員が自ら原作をやっている作品に高い点数を入れるというのもどうかと思い、今回は、投票を辞退させていただきました。岡野さん、おめでとうございます。

 一ファンとして、乾杯したいと思います。

(2001年の贈賞式小冊子から)

作者に聞く/岡野玲子氏

 「新手の試練か!」。これが受賞の正直な感想です。「陰陽師」は、毎回締め切りに間に合うのが奇跡のような手の掛かる作品で、ようやく単行本10巻の入稿を終えた直後に、このお知らせをいただきました。「早く次を」とムチを入れられたような、そして「覚悟して描けよ」という声にも聞こえました。

 原作の最初の文庫本を読んですぐ「マンガにしたい」と思い、獏さんもそう望んでいて、あっという間に話がまとまりました。でも引き受けた時は日本史の知識は皆無。まず京都へ行き、歩いて平安京の大きさを確かめることから始めました。

 生きることに甘えがある現代人に対し、平安人は、常に死に直面している緊張感を持っていたと思う。そんな真剣に生きる人々を描きたかった。そして今は、晴明と陰陽道を通じて、存在の根源というべきものを探ろうとしています。10巻の終わりで初めて、晴明の底力、その本領を発揮させられた。表面的には晴明のあやしい美しさにひかれていても、読者がその深みに触れてくれればうれしいですね。

 陰陽道は、宇宙の摂理を翻訳した一つのかたちで、同じ思想は雅楽や囲碁にも通っている。獏さんが晴明の友とした博雅が楽人だったのも、私には必然のこと。7巻で、怨霊(おんりょう)の菅原道真が囲碁で負かされる話を描いたのも、陰陽道の数学的な部分にひかれるからです。

 この巻以降は、原作を離れた自分の世界。原作の持つ情念の部分とは反対の、明解で数学的な方向です。いわば原作は陰、マンガは陽。陰陽道らしく、バランスがとれていると思います。

 12巻で完結と決めているのであと2巻。大体の筋は考えていますが、実際どうなるかは晴明か、その上のより大きな「何か」にお任せするしかない。7巻くらいから、その相手と囲碁をやっているような気分で、この賞も、あちら側からバシッと打たれた石のような気がしているんです。

(2001年6月1日付、朝日新聞朝刊)

原作者に聞く/夢枕獏氏

 「コーリング」という作品で岡野さんが見せた抑えに抑えた魔法の世界が好きだったんです。小説家は「この人にマンガにしてほしい」、マンガ家は「この小説をマンガにしたい」。相思相愛、理想の形でした。何も注文を出さずに預けましたが、第1話の百鬼夜行のシーンで、僕の予想したレベルをいきなり超えてしまった。衝撃でした。

 晴明を書こうと思ったのは、平安のみやびな雰囲気の中で、鬼と人との物語をやりたかったから。人を愛しすぎて鬼となる、長い間人に使われ続けた物が鬼となる。そんな鬼の話です。

 晴明も登場する「今昔物語」に、博雅の話が出てきます。琵琶の秘曲を知る蟬丸法師のもとへ3年通い、法師が自然に弾くのを隠れて待ち続けたという。それを読んだ時、純情素朴な男ぶりが目に浮かんで、晴明の相棒はこの人だと思った。この2人の組み合わせと、晴明を美男子にしたことが、僕の力かな。

 平安時代や陰陽道のことは、もう岡野さんの方が詳しくなってしまった。このマンガが、原作から離れてどこまで高く跳ぼうとしているのか、読者としてとても楽しみにしています。

(2001年6月1日付、朝日新聞朝刊)

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陰陽師©岡野玲子・夢枕獏/白泉社全13巻

岡野玲子岡野玲子さん少女漫画誌から活動を始め、若い僧侶を主人公にした『ファンシイダンス』が好評を得て、小学館漫画賞受賞。夢枕獏原作による『陰陽師』が大ヒットし社会現象となり、手塚治虫文化賞受賞。現在、隔月刊「メロディ」(白泉社)にて『陰陽師 玉手匣』を好評連載中。他の作品に『妖魅変成夜話』『コーリング』『イナンナ』ほか。(2016年1月12日現在)

夢枕獏夢枕獏さん51年、神奈川県生まれ。77年、SF誌「奇想天外」で商業誌デビュー。86年「陰陽師」シリーズを始め、99年に朝日新聞に「陰陽師 生成り姫」を連載。ほかに「キマイラ」「餓狼伝」シリーズなど。 (2001年6月1日付、朝日新聞朝刊)

マンガ優秀賞

マンガ優秀賞弥次喜多 in DEEPしりあがり寿さん

弥次喜多 in DEEP

あらすじ

 弥次(やじ)さん喜多さんの2人が、「お伊勢さん」を目指す道中で、幻想渦巻く異世界、夢の迷宮、生と死の境を経めぐる。

受賞コメント

 このたびは、素晴らしい賞をいただき、大変うれしく光栄に思ってます。

 思えばその昔、漫画を描いてこうと心に決めた時、目の前にはすでに大センパイたちの築きあげた巨大なマンガ文化の山がそびえたっていました。

 どんなにちっちゃな石コロでもいいから、その上にのっけたいなあと、などと思いつつ20年。頂上どころか辺境の密林の中をさまよう毎日でしたが、今回、このような賞をいただいて、なんかちょっと「やったね」というカンジです。本当にありがとうございました。

 話は変わりますが、実家には3歳のころのボクがラク書きした手塚先生の古本がいっぱいあるんですよ。値上がりするといいなあ、フフフ。

(2001年の贈賞式小冊子から)

作者に聞く

 自分をブタとすると、読者には、ロースやカルビだけじゃなくタンも内臓も食べてほしい。それで、ギャグからマジメなもの、さし絵からストーリーもの、いろいろ描いて連載はいま月40本くらいあります。その中でこの作品は、ロースか心臓か分かりませんが、「自分の真ん中」って気がする。だから評価されるとうれしいですね。

 別の雑誌の連載「真夜中の弥次(やじ)さん喜多さん」が基になっています。それまでパロディーっぽい作品が多かったんですが、自分の頭に浮かぶイメージだけでゼロからつくってみたかった。会社を辞めたころで、腰を落ち着けてかいてみたいという欲求もありました。

 「脳内スケッチ」と呼んでるんですが、自分の頭に浮かぶヘンなこと、ワケのわからないことを描きたい。「真夜中」が終わっても物足りなくて「in DEEP」を始めました。

 発想はいろいろです。けだもの台風? 台風って生命力の象徴だから、○号とか○号とかが目に見える形でやって来るとしたら「けだもの」かなと思って。塀がメビウスの輪になってる屋敷ですか? 数学の理論って実感とズレがある。それを絵にしたらああかなと。奇妙な発想はいくらでも出てきます。怖いのはパターン化ですね。

 生、死、リアルとは――そんなテーマを抱えたシリアスな話も入ってきた。単行本の最新刊は、命が命を食らうエクスタシーを描きたかった。時には破綻(はたん)してでも難しい表現に取り組みたい。それでいつかまた、「この人、底が抜けたんじゃないか」と思われるような気楽なギャグマンガをかく。それが理想ですね。

(2001年6月1日付、朝日新聞朝刊)

  • 弥次喜多 in DEEP
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弥次喜多 in DEEP©しりあがり寿/KADOKAWA全8巻

しりあがり寿しりあがり寿さん1958年、静岡県生まれ。ビール会社勤務の傍ら作品を発表。94年に退社、マンガのほか小説、舞台などでも活躍。主な作品に「流星課長」「ヒゲのOL藪内笹子」「方舟(はこぶね)」「“徘徊(はいかい)老人”ドン・キホーテ」など。(2001年6月1日付、朝日新聞朝刊)

特別賞

特別賞丸山 昭さん

トキワ荘に集った多くの作家を育てた功績に対して

丸山 昭 丸山 昭さん

受賞コメント

 編集者として長くおつき合いした手塚先生の名を冠した賞、そして、新しい少女マンガに共に挑戦した石森(石ノ森)章太郎さんももらった賞ですから、とてもうれしい。「裏方」が賞をいただいていいのか、戸惑いの方が大きいんですが。

 手塚先生といえばウソツキで(締め切りを守ってくれない)、ガンコで(作品について妥協しない)……なんて、当時は苦労ばかりでしたが、離れて見ればその山の高さがわかる。今となれば、もう一度追いかけ回してみたいと思います。

 手塚先生の部屋で原稿を待っている時、3人の少年が訪ねてきた。石森さん、赤塚不二夫さん、長谷邦夫さんです。この出会いから、「お涙ちょうだい」が主流だった少女マンガで、石森さんにSFやミステリーをかいてもらったり、石森さん、赤塚さん、水野英子さんの3人に、「U・マイア」のペンネームで合作してもらったり。彼らが集うトキワ荘に通う日々となりました。

 トキワ荘は彼らにとって人格形成の場、人生の原点、青春そのものなんですね。当時の「悪書追放運動」のあらしから逃れられるオアシスでもあったと思います。担当した人たちがみな一流のマンガ家になっていったのは、ひそかな誇りです。でも「育てた」なんてとても。僕はチャンスに恵まれていただけです。

 今、「ゲームにいい才能を奪われて」とか「携帯電話にお小遣いを取られて」といった弱音を若い編集者から聞きますが、マンガは筆一本で勝負できる世界。前向きに次の時代のマンガをつくっていってほしいですね。

(2001年6月1日付、朝日新聞朝刊)

  • トキワ荘実録

トキワ荘実録

丸山 昭丸山昭さん1930年、山梨県生まれ。53年に講談社入社、「少年クラブ」編集部を経て「少女クラブ」編集長、「週刊少女フレンド」副編集長を歴任。石ノ森章太郎のプロ第1作「まだらのひも」を手がけ、ほかに手塚治虫、赤塚不二夫、水野英子、うしおそうじ、ちばてつや各氏を担当した。(2001年6月1日付、朝日新聞朝刊)