第8回 手塚治虫文化賞 2004

マンガ大賞

マンガ大賞ヘルタースケルター岡崎京子さん

ヘルタースケルター

あらすじ

 きれいになりたい、幸せになりたい。その欲望を満たすため、全身を作りかえるほどの危険な整形手術を受けた主人公りりこは、完璧(かんぺき)な美貌(びぼう)を武器にトップアイドルへの道を駆け上がる。だが後遺症が悪化し、肉体は徐々に崩壊へ向かう。すべてを失う恐怖に駆られたりりこは、マネジャーのみちこら周囲の人間を巻き込んで、破滅へと近づいていく。

(2014年4月29日付、朝日新聞朝刊)

作品概要

 89年の「pink」では、昼間はOL、夜はホテトル嬢、アパートではワニを飼う女性を主人公に、都市生活の浮遊感をポップに描き出した。94年の「リバーズ・エッジ」は、河原で見つけた死体を巡る、主人公の女子高生といじめられっ子の同級生、摂食障害のモデルらの物語を通じ、生の実感が乏しい現代の閉塞(へいそく)感をドライにとらえた。

 日常の一部として配置された〈性〉と〈死〉が、肥大し暴発する岡崎京子の世界。受賞作は、ただれて崩れていく主人公自身の肉体を舞台に、その主題をより重く、生々しく展開した。

 岡崎さんは、雑誌連載終了直後の96年5月、散歩中に車にはねられ重傷を負い、現在自宅で療養中。本作は事故以前の最後の連載作品で、昨年初めて単行本化された。

 ファンには気がかりな回復状況だが、見舞客の話に笑い声をあげたり、車いすで外出したりできるようになり、本作の出版にあたっては原稿のチェックもしたという。

 単行本の帯には、連載当時、雑誌に岡崎さんが書いたこんな言葉が使われている。

 「いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。いつも。たった一人の。一人(ひとり)ぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを」

(2004年5月31日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント/岡崎京子氏の弟・岡崎忠さん

 この度はこのような賞を頂き本人はもとより家族一同本当にビックリしております。皆様は彼女のコメントが載ることをお望みと思いますが、ご存じの通り96年に遭った事故によるダメージのため、姉は現在もリハビリ進行中の身であります。よって僕(弟)からエピソードをひとつ。

 それまで自宅の部屋を仕事場にしていた姉が事務所をかまえられるほどになった時、当時隣の狭かった部屋にいた僕はその部屋を譲り受けました。その部屋には、いっぱいのヘンテコなレコードと、たくさんの本が残されていました。当時中学生だった僕には意味のわからない書物ばかりだったのですが、いま見返してみると、それらの書物を彼女の頭で理解して、数々の岡崎ワールドができたのかなと思います?

 当時の僕はそうした難解な本には見向きもせず、本棚に残されていた大量の「手塚治虫先生のマンガ」だけを読みあさった事を記憶しております。

 もし姉だったらこの場で作品に携わった全ての方々に岡崎節で感謝の気持ちを伝えるのでしょうが、代筆で失礼致します。皆様、ありがとうございました。

(2004年の贈賞式小冊子から)

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ヘルタースケルター©岡崎京子/祥伝社

岡崎京子岡崎京子さん1963年、東京都生まれ。短大在学中に成年誌でデビューし、漫画誌、ファッション誌などにも作品を発表。85年に最初の単行本「バージン」を出版。ほかに「ハッピィ・ハウス」「うたかたの日々」など。雑誌連載の文章を集めた著書「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」もある。(2004年5月31日付、朝日新聞朝刊)

新生賞

新生賞もりもと崇さん

「難波鉦異本」で、江戸時代の遊女の世界と現代感覚を融合させた表現に対して

難波鉦異本

作者に聞く

 「まさか手塚先生の名を冠した賞をいただけるとは想像の範囲外。急にひなたに引っ張り出されたモグラみたいなもので、まだあっけにとられています」

 増え始めた時代劇マンガ誌に、遊郭を舞台にした作品を持ち込み、何本かの読み切りを経て01年、初めての連載として受賞作を描き始めた。

 「ほかのマンガは切り合いが多くて、女の人もあまり出てこない。それなら、人も死なず、女の子が出てきて読んでホッとする“はし休め”みたいなマンガがあってもいいだろう、と思って」

 大坂新町の遊郭。無愛想で口は悪いが、客あしらいとソロバンにたけた遊女・和泉と、井原西鶴らなじみ客が、和泉の付き人の少女ささらの目を通して描かれる。色気と情緒漂う浮世絵風の柔らかな描線と、毒気を吐く劇画風のどぎついデフォルメを使い分け、揚げ代がわりにもらった大トカゲの話や、男装した和泉の相撲見物など、一風変わった「廓(くるわ)もの」を展開する。

 「遊女ものにはパターンがある。売られてきてしごかれ、のし上がり、悲しい最期を遂げる。そのパターンはおさえつつも、もっと広がりのある話を描きたい。だから、遊女の外出が比較的自由だった大坂を舞台に選んだ。西鶴は、常識外れの遊びをいろいろさせてサマになるので使いやすい。説教たれる大人にも、エロオヤジにもなれる便利な人です」

 この時代の風俗を描いた杉浦日向子さんが江戸の粋なら、こちらは大坂のコテコテ路線か。

 「関東の人から見たらコテコテに見えるかなあ。僕はアク抜きして出してるつもり。西鶴を読むと、この時代の大坂ってコテコテというよりノターッとしてそうなところですよ」

(2004年5月31日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 突然、まさか手塚先生の名を冠した賞をいただけるとは想像の範囲外でしたので、喜びよりも畏(おそ)れのほうが先立ちました。急に日向(ひなた)に引っ張り出されたモグラみたいなもので、まだ呆気(あっけ)にとられております。

 難波鉦(どら)「原本」のほうは、新町遊郭の遊女評判記、遊び方マニュアルです。鉦の字は、ドラ息子のためのという意味を含ませています。読者をおちょくった題名をわざわざつけているところに、当時の人や社会の遊びを感じたのでそのまま流用して異本とさせていただきました。初心者マークみたいなものなので、自称粋(すい)人なら、持っているのを遊び仲間にあまり知られたくなかったかもしれません。

 いわゆる新人賞でデビューしたわけではないので、今回の受賞は励みになります。せっかく貼っていただいた箔(はく)が剝がれぬよう、しっかり固着させていくことで、お世話になった方々へ恩返ししたいと思います。ありがとうございました。

(2004年の贈賞式小冊子から)

  • 難波鉦異本
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  • 難波鉦異本

難波鉦異本©もりもと崇/KADOKAWA上中下巻

もりもと崇もりもと崇さん1970年、兵庫県生まれ。デビューは98年。著作に「難波鉦(どら)異本」(上・中・下巻/KADOKAWA)、「大江戸綺人譚 ~のっぺら女房~」(全1巻/小池書院)、「鳴渡雷神於新全伝」(全4巻/小池書院)がある。(2016年1月18日現在)

短編賞

短編賞秋月りすさん

「OL進化論」など一連の作品に対して

OL進化論

作品概要

 初めての連載「OL進化論」は16年目に入り、間もなく連載700回となる。おしゃれ、恋愛、お昼ご飯の楽しみ、ダイエットの苦しみと、OLの日常を題材にクスリと笑えるネタを安定して繰り出す。

 バブル景気から不況へ落ち込んだ世相を映し、ブランドもののバーゲンに浮かれていたOLたちが倒産の心配をしたり、身内の就職難に悩んだりと変化もあるが、おだやかなユーモアに包まれた秋月ワールドは揺るがない。「かしましハウス」では性格の異なる4姉妹を描き、「どーでもいいけど」では時事ネタを料理してみせた。

 クセのない、かわいい絵柄は好感度抜群。賛辞としても批判としても「毒がない」という評があるが、「OL進化論」の中の連作テーマである「35歳で独身で」は、晩婚化時代の微妙な心理を描き、面白いけど身につまされる、という人も多いかも知れない。

(2004年5月31日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 まさか私が受賞するとは思ってもいませんでした。本当にありがとうございます。四コマ漫画だけを同じペースでトコトコ描き続けてきましたが、今回の受賞は背中をポンとたたかれて「それでよし!」と言っていただいたみたいです。うれしくてなりません。

 『OL進化論』は私の初めての連載で、今年で16年目になります。『かしましハウス』は10年間続きました。すべてはその間お世話になった編集の方々と、ずっと読み続けてくださった読者の皆さんのおかげです。あらためて心からお礼申し上げます。

(2004年の贈賞式小冊子から)

  • OL進化論
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OL進化論©秋月りす/講談社既刊1~37巻(2016年2月現在)

秋月りす秋月りすさん1957年、福岡県生まれ。「OL進化論」は89年から講談社「モーニング」に連載され、単行本は21巻まで発売中。ほかに、朝日新聞「be」に連載した「おうちがいちばん」(現在は「まんがライフオリジナル」で連載中)など。(2004年5月31日付、朝日新聞朝刊)

特別賞

特別賞みなもと太郎さん

歴史マンガの新境地開拓とマンガ文化への貢献に対して

みなもと太郎さん みなもと太郎さん

作者に聞く

 坂本龍馬、西郷隆盛、高杉晋作ら風雲児たちが歴史を動かした幕末を描こうと、81年「風雲児たち」の連載を始めた。歴史とは不思議なもので、それには、ブッダと劉備玄徳がかかわっていた。

 「依頼してきた雑誌(『コミックトム』)に、手塚治虫さんが『ブッダ』を、横山光輝さんが『三国志』を連載していた。何で日本の大河ドラマがないの? なら僕がやろうか、と思って」

 ズッコケギャグを随所にはさんだ歴史群像劇は、幕藩体制の発端である関ケ原の戦いからスタート。「100ページほどで幕末に入るつもり」が延びに延び、龍馬が初めて江戸へ旅立つところで終わるワイド版「風雲児たち」(リイド社)は20巻約6千ページ。掲載誌を替え01年に始めた「幕末編」も4巻を超えた。

 「ラストは五稜郭陥落と決めているけど、一体いつたどりつけるのか。それを考えるとボーゼンとしてしまう」

 長くなった理由は「歴史があみ上げていく奇跡のような人間模様」。例えば序盤のクライマックスである「解体新書」出版の苦闘には、平賀源内や林子平が絡み、さらに彼らがかかわった人物たちが、後に出会って新たなドラマにつながる。

 「ノンフィクションや古典の解説書を読んで、面白そうなエピソードをつないでいったら、話がタコ足で広がっていく。こんなに面白い歴史を、学校ではどうしてあんなつまらなく教えられるのか分からない」

 前野良沢の情熱、平賀源内の悲哀、最上徳内の理知、林子平の一徹、大黒屋光太夫の不屈、吉田松陰の奔走……。鎖国日本の外に目を開いた信念の男たちの物語は、古典的といえるシンプルな絵柄で“オヤジの純情”をうたいあげる。

 「仕事はマンガ、趣味もマンガ」。マンガ批評家で、コレクターでもあり、杉浦茂さんやあすなひろしさんの作品の復刻出版に携わった。

 「ただ騒いでるだけですよ。『読みたいから出版してくれ!』『こんないいマンガがあるんだから読め!』って。次は貸本劇画の傑作選を出したい。好きなマンガの話なら一日中していられる。自分の作品の話をするのは苦手だけどね」

(2004年5月31日付、朝日新聞朝刊)

  • 風雲児たち

風雲児たち

みなもと太郎みなもと太郎さん1947年、京都府生まれ。67年に少女マンガ誌でデビューし、70年、パロディーギャグをちりばめた「ホモホモ7」を週刊少年マガジンに連載。「風雲児たち 幕末編」は、リイド社の時代劇マンガ誌「COMIC乱」に連載中。ほかに「冗談新選組」「レ・ミゼラブル」など。(2004年5月31日付、朝日新聞朝刊)