第12回 手塚治虫文化賞 2008

マンガ大賞

マンガ大賞もやしもん石川雅之さん

もやしもん

作者に聞く

 「かもすぞー」。キャラクター化された菌たちが空気中を飛び交いながらしゃべる、異色の「菌マンガ」。菌が見えるという特殊能力を持つ大学生を主人公にした学園ドラマは、6巻までで累計272万部のヒットになった。青年誌の連載ながら、小学生からもファンレターが届く。

 タイトルにある「もやし」とは、酒造りなどに使う種麹(たねこうじ)のことだ。東京の某農業大学に入った「もやし屋」の跡取り息子が、風変わりな教授を始め、クセのある仲間たちと出会い、様々な騒動に巻き込まれていく。

 日本酒やワインづくりの工程や人々の思いが、丁寧に描かれる。暮らしのあちこちにかかわる菌や発酵にまつわるうんちくも満載で、日本菌学会の講演にも招かれたほど本格的。知識やエピソードは専門家の教えを受けているのではなく、教科書を読んだり、学生やバーテンに聞いたりして仕入れている。

 「僕は素人だから、かみ砕いた話の方がおもしろい」。作中では、理屈っぽい話になると可愛い菌が「わーい」と乱入する。一方で、菌と人間とのかかわりから、現代の社会を考えさせる硬派な一面も持っており、きまじめさとユルさのバランスが絶妙だ。

 主人公の能力はもちろん虚構だが、力点はむしろ、お気楽で変わったキャンパスライフに置かれている。そこが、審査員から高く評価された。「元々、群像劇が好きなんです。これも人間ドラマを描いた群像劇と思ってほしい」

(2008年5月10日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 僕が家で机に向かってもじょもじょやってる作業がどうやら「漫画」というモノで、それが本になって世に出てる。ってのは何となくは分かってるんですけど、いつまで経っても僕の中で実感のない感じなんです。今でも。

 そんなお陽(ひ)様にあたるときっとチョット溶けちゃうなとか思う位地味――にじとっと細々やってる僕が、「手塚治虫さんに褒められる」なんて、お陽様イベントに出会うなんて、これまた実感のない話で、申し訳ないやらいよいよ溶けちゃうなやらああビックリしたやらを、とりあえずおくびにも出さない様に気を付けつつ、本日はありがとうございます!

 そしてこの賞を頂くにあたりまして、僕を育てて頂いた編集部、支えて下さった皆様、助けて頂いた書店の皆様、何よりも「もやしもん」を愛して下さる読者の皆様。

 やったよ――!ありがとう!わ――い。

 ちゃんと明日から職業欄に「漫画家」って書くよ!!

(2008年の贈賞式小冊子から)

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もやしもん©石川雅之/講談社全13巻

石川雅之石川雅之さん1974年、堺市生まれ。97年に「日本政府直轄機動戦隊コームインV」でデビュー。99年に「神の棲(す)む山」で、講談社のちばてつや賞準入選。 (2008年5月10日付、朝日新聞朝刊)

新生賞

新生賞島田虎之介さん

「トロイメライ」で、レトロモダンな画調の上に多彩な挿話を一つの物語へ構成した清新な表現に対して

トロイメライ

作者に聞く

 日本のピアノ調律師、イラン出身の仏壇職人、カメルーンの呪術師の孫、インドネシアの王族。「トロイメライ」は、1台のピアノをめぐる人物群像を多彩なエピソードで紡ぐ。断片がやがて響き合い、大きな物語に結実するさまは圧巻だ。

 「描き始めるのはラストまで考えてから」だという。前2作の「ラスト・ワルツ」「東京命日」も、伝説のオートバイや小津安二郎の命日といったモチーフを、群像劇の中心に置く。アルトマンの映画やボネガットの小説の影響が大きい。

 テーマは特に設定しないのが特徴だ。「歴史に参加するのは圧倒的に普通の人々。僕は、世の中に無数に並行する彼らのエピソードをどう構成するか、を考える」。実話に思える挿話も多いが、「きちんとたたむ大風呂敷」とニコリ。そこに読者は心地よくだまされる。

 デビューは39歳と遅い。映像の専門学校を経てCM制作会社で働いた後、実家のアパート経営を手伝っていたが、不惑を前に「このまま年をとって死ぬのはイヤ」。つげ義春の「海辺の叙景」を読み、マンガの深さに引かれた。

 「せりふが少なくても人物の考えや感情が伝わる」と、視線や立ち位置にこだわる。選考委員会では、陰影濃い画調への評価が高かった。

(2008年5月10日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 おそらくぼくがもっとも影響をうけたであろう小説家のカート・ヴォネガットが、人生を折れ線グラフに例えてこんなことを書いていた(うろおぼえですが)。

 縦軸を人生の浮沈、横軸を時間とすると、人の人生はジグザグとした折れ線を右に向かって描きながら進んでいく。ときにその折れ線はべつの人間の折れ線と交差し、そしてまたそれぞれの折れ線を描きながら離れていく。

 『トロイメライ』はそのような物語です。登場人物たちの人生は「2002年6月11日」の夜に一瞬交差し、そののち彼らはそれぞれの新しい旅をつづけていく。

 ぼくの人生もまた、いまここで思いもかけず(!)手塚治虫文化賞新生賞(人ではないですけど)と交差した。が、それは、いまここだけの話で、来年はべつのかたが新生賞を受賞し、ぼくは次の作品を描かなければならない。

 この賞は、ぼくの新しい旅へのはなむけだと思っています。ありがとうございます。

(2008年の贈賞式小冊子から)

  • トロイメライ
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トロイメライ©島田虎之介/青林工藝舎

島田虎之介島田虎之介さん1961年、東京都生まれ。00年、「エンリケ小林のエルドラド」でデビュー。新作「ダニーボーイ」を「アックス」(青林工芸舎)で連載中。(2008年5月10日付、朝日新聞朝刊)

短編賞

短編賞グーグーだって猫である

大島弓子さん

愛猫との日常を通じて生と死の深奥なテーマを描き出した成果に対して

グーグーだって猫である

作者に聞く

 愛猫との日常を描いたエッセー風の作品。月4ページの連載をまとめた単行本は何ともぜいたくな味わいだ。物語は長く連れ添ったサバの死に始まり、グーグーとの出会い、大島さんのがん治療と再びの日常へと続く。

 「すべて実際に起きたことなので、ストーリーづくりに四苦八苦することなく、記憶の中から芋づる式に出てくるものを楽しく描いています」

 包み込むような言葉と優しい描線。幸福感ただよう作品は、一方でシビアな洞察力を併せ持つ。だからこそ生命あるもののよろこび、そして別れのかなしみが、いっそう深く感じられるのだろう。深刻な状況にもユーモアと冷静さを失わないタフさには、著者の底力を実感する。

 現在、一軒家に13匹の猫と暮らす。「生命のあるものは皆、人と同じ感情を持つと確信するようになりました。これまで、いかにそれらを無視してきたことかとも。これからも猫たちとの生活をいつくしみながら、ゆっくりと描いていけたらと思っております」

(2008年5月10日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 このたび、手塚治虫文化賞短編賞をいただきたいへんうれしく思っております。

 “グーグーだって猫である”は猫達をメインにした身辺雑記マンガです。全て実際に起きた事なのでストーリーづくりに四苦八苦することなく、毎回楽しく描かせていただいております。ひと月に4枚という超スローな仕事ペースも自分に合っています。

 けれど猫達のエピソードは日に日に溜(たま)っていき、あれも描きたいこれも描かなきゃと気持ちははやりますが、猫達との生活をいつくしみながらゆっくりと描いていけたらと、思っております。

(2008年の贈賞式小冊子から)

  • グーグーだって猫である
  • グーグーだって猫である

グーグーだって猫である©大島弓子/角川文庫全6巻

大島弓子大島弓子さん栃木県生まれ。1968年に「ポーラの涙」でデビュー。代表作に「綿の国星」など。

特別賞

特別賞大阪府立国際児童文学館

貴重な資料となるマンガや児童書の収集と、こども文化の総合的研究などの四半世紀に 及ぶ活動に対して

大阪府立国際児童文学館 大阪府立国際児童文学館

70万点所蔵、子ども文化発信

 書庫には明治以降の児童書やマンガ雑誌、紙芝居などがずらりと並ぶ。所蔵資料は約70万点。国内最大規模の児童書とマンガのアーカイブであり、子ども文化の研究・発信拠点だ。4コママンガの先駆け「正チヤンの冒険」の単行本を始め、「赤本マンガ」など、貴重な資料も多い。

 万博公園に84年オープン。開設前の81年、「こどもの本と今」と題して手塚治虫が講演している。その場にいた向川幹雄館長は「当時、公的施設のマンガ収集は珍しく、手塚先生の応援は心強かった。24年の蓄積が評価されて本当にうれしい」。今夏は手塚をテーマに展示を予定する。

 内外の児童文学者に贈る国際グリム賞を87年に創設。子ども向け図書検索システムなど、子どもと本をつなぐ活動にも力を入れる。一方、大阪府の行財政改革で施設の廃止が取りざたされている。向川館長は「企画力・発信力を一層高めたい」と話している。

(2008年5月10日付、朝日新聞朝刊)