第15回 手塚治虫文化賞 2011

※ マンガ大賞が特別に2作品選ばれました

マンガ大賞

マンガ大賞JIN村上もとかさん

JIN

作者に聞く

 脳外科医の南方仁が、幕末にタイムスリップ。現代医学の知識と技術を駆使して、疫病や火災などに遭った庶民をひたむきに治療し、坂本龍馬ら歴史上の偉人ともかかわっていく。

 そんな説明は無用なほど、テレビドラマが大ヒット中だ。目の前で苦しむ人々を分け隔てなく救おうとする、仁のヒューマニズムは、大震災に見舞われた日本国民の心にまっすぐに突き刺さる。

 遊女らがかかった江戸時代の性病の悲惨さを描いた本を読んだのがきっかけだった。「当時の不治の病で苦しんだ先祖を、フィクションのうえでも救えたら、胸がすく作品にならないか」。そう考えたという。

 現代の医者が幕末に赴くという荒唐無稽な設定にリアリティーを与えるために、現代、そして当時の医学について、3人の専門家に監修してもらい、精密な考証に気を配った。手術シーンの止血の位置が数センチずれていると指摘され、描き直す。そんなやりとりを繰り返した。

 専門の脳外科だけでなくペニシリンを精製し、お産では帝王切開もこなす仁の姿を、「急病人が出た飛行機にたった1人乗り込んでいた医者」とたとえる。「現代の医療は専門化が進んでいるが、やらねばならない状況では、みなさん医者としての志と能力を秘めていると信じています」

(2011年5月22日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 デビューして40年近く試行錯誤しながらマンガを描き続けてきました。

 作画スタイルやジャンルは違えど、私のマンガ世界の中心に存在しているのは、間違いなく手塚漫画であると思っています。手塚治虫氏が、その膨大な作品群で指し示した「マンガの可能性」とでも言うべきものに憧れ、ある時はそれをもって己を鼓舞してまいりました。マンガは、表現手段としてまだまだ無限の可能性を秘めていると信じています。私はこれからも描く世界の領域を広げつつ、あくまでもエンターテインメントにこだわって作っていこうと思っています。

 この度、心より尊敬する先達の名を冠した賞をいただいたことは、何よりの励みになりました。

 審査の労をとられた方々に心よりの御礼を申し上げます。

(2011年の贈賞式小冊子から)

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JIN©村上もとか/集英社全20巻

村上もとか村上もとかさん1951年、東京都生まれ。「JIN―仁―」を00~10年にスーパージャンプ(集英社)で連載。ほかに「六三四の剣」「龍―RON―」など。(2011年5月22日付、朝日新聞朝刊)

マンガ大賞竹光侍松本大洋さん作・永福一成さん

竹光侍

作者の2人に聞く

 江戸の長屋に住み着いた浪人、瀬能宗一郎。子どもやチョウと戯れる変わり者だが、じつは凄腕(すごうで)の剣客。刀がもたらす魔を恐れて竹光を差しているが、出生の秘密によってある藩に付け狙われる。

 松本さんにとって初めての時代劇。「自分にはできないまっすぐな娯楽を」とこれまた初めて週刊連載作品で原作者を起用した。

 永福さんと松本さんは、大学の漫画研究会で先輩、後輩の間柄だった。一足先にデビューした松本さんのアシスタントを、永福さんが務めた時期も。自宅も近く、気のおけない仲だ。

 捕物帳、お家騒動、腕利きの浪人――小説の形でつくった原作には「大洋が絶対書かないような、時代劇の定番を取りそろえた」と永福さん。「でも直球で投げ込んでも、必ず松本節で返ってくると分かってた」

 明快な筋書きを得て、作品ごとに変化する松本さんの作画の実験性は遺憾なく発揮された。スクリーントーンでなく墨を、ケント紙でなく画用紙を用いて、和の味わいを醸し出した。背景のゆがみ具合や、目の位置が独特な顔の構図など、細部まで見逃せない。

 週刊連載だったが、妻で漫画家の冬野さほさんと2人だけで絵を仕上げた。「背景をアシスタントに任せるなんてもったいなくて」。筋金入りの絵師である。

(2011年5月22日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント/松本大洋氏

 誰からも深く好かれる、主人公、瀬能宗一郎のキャラクターを立てるまでに、作り始めた当初は大変苦戦しました。

 しかし、描き進めるにつれ、宗一郎や勘吉、木久地や森……といった様々な登場人物とともに毎日江戸の町を歩く事をとても楽しく幸せに感じるようになりました。

 原作者、永福さんの目指した娯楽にどこまで近づけたかはわかりませんが、自分にとって竹光侍は大変幸福な漫画です。

 子どもの頃から大好きな、手塚先生のお名前がついた賞をいただけた事が嬉(うれ)しいです。

 読者の方々、編集者をはじめ、作品の制作に携わって下さった多くの方々に、心より感謝します。これからも楽しく漫画を描いていきたいと思います。ありがとうございました。

(2011年の贈賞式小冊子から)

受賞コメント/永福一成氏

 この業界で禄をはむ者にとって、あの方のお名前を冠する賞を頂くというのは、身に余る光栄であると同時に、畏(おそ)れ多いことでもあります。

 特に僕は初めての原作作品で、このような栄誉を受けるとはなんと運の良いことか。僕の最大の幸運は、松本大洋氏に原作を頼まれたこと。これに尽きます。

 彼の素晴らしいアートワークは、確実に漫画表現の高みを究めています。正に大賞に相応(ふさわ)しい表現者であると思います。

 おかげで僕も大賞受賞という恩恵に浴することが出来てつくづく幸せです。

 作品を創りあげるにあたって、今まで助けていただいた方々に深く感謝いたします。ありがとうございました。

(2011年の贈賞式小冊子から)

  • 竹光侍
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竹光侍©松本大洋・永福一成/小学館全8巻

松本大洋松本大洋さん1967年、東京都生まれ。「竹光侍」を06~10年に週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で連載。ほかに「鉄コン筋クリート」「ピンポン」など。(2011年5月22日付、朝日新聞朝刊)

永福一成永福一成さん1965年、東京都生まれ。「竹光侍」で初めて原作を担当。代表作は「ライトニング・ブリゲイド」など。(2011年5月22日付、朝日新聞朝刊)

新生賞

新生賞荒川弘さん

「鋼の錬金術師」で、少年マンガの魅力を大いに発揮し、生命倫理にも通じるテーマを描ききった力量に対して

鋼の錬金術師

作者に聞く

 ゼロ年代指折りの大ヒットマンガ「ハガレン」を10年がかりで昨年完結させた。じつは連載デビュー作。「マニアックな題材なので、これだけ続いてびっくりです」

 錬金術師を主人公に、派手な戦闘でわくわくさせる。少年マンガの魅力満載だが、その根底に「生命」をめぐる問いを置いた。

 死んだ母を錬金術で呼び戻そうとして、兄エドは右腕と左足が義肢になり、弟アルは肉体を失って空の鎧(よろい)に魂だけを宿す。肉体を取り戻すべく旅をするなか、人々の命を糧に全能の神になろうとする野望と戦う。

 デビュー前、北海道の実家で酪農を手伝っていた。「クローン牛が早死にすると話題になっていて、人間がやってはいけないことがあるのではと感じていた」

 原体験から、人間は自然に生かされている、と強く感じるという。4月からの新連載「銀の匙(さじ)」は、自らも通っていた農業高校が舞台だ。

(2011年5月22日付、朝日新聞社朝刊)

受賞コメント

 このたびは大変に名誉な賞をいただきありがとうございました。

 マンガの神様の御名前を冠した賞……身に余る光栄です! また、自分が子供の頃から活躍なされていて一読者として作品を楽しませていただいた先生方と、今こうしてマンガ家として並んで賞に名前が残るという現実はなんとも不思議な、そして「畏(おそ)れ多い」の一言です。(子供の頃の自分に教えてやったらひっくり返ると思います)

 「鋼の錬金術師」は9年かけて昨年無事に終える事ができましたが、現実そして主人公達(たち)ともに遠い所へ来たなあ……と改めて実感しています。

 世界もマンガ界も常に移ろい変化して行きますが、子供の頃から持っている「マンガ大好き!」な心は変化させる事無くこれからも精進して行きたいと思います。

 この作品に関わって下さった皆様、何より支えて下さった読者の皆様、本当にありがとうございました!!

(2011年の贈賞式小冊子から)

  • 鋼の錬金術師
  • 鋼の錬金術師
  • 鋼の錬金術師

鋼の錬金術師©Hiromu Arakawa/SQUARE ENIX全27巻

荒川弘荒川弘さん1973年、北海道生まれ。「鋼の錬金術師」を01~10年に「月刊少年ガンガン」(スクウェア・エニックス)で連載。 (2011年5月22日付、朝日新聞朝刊)

短編賞

短編賞山科けいすけさん

「C級さらりーまん講座」、「パパはなんだかわからない」などサラリーマンを描いた一連の作品に対して

パパはなんだかわからない

作者に聞く

 「日本で圧倒的多数を占め、いちばん普通とされている人たちが普通でないこと」。サラリーマンマンガの面白さを、そう表現する。切れ者だがとことん嫌みな上司、気の毒なくらい気の弱い新入社員。約20年続く四コマギャグ「C級さらりーまん講座」は、濃いキャラクターが時にシュールな言動で、時にとっぴな振る舞いで、笑いを生む。

 「サラリーマンという縛りの中で、どれだけくだらないものを書けるか」。始める時、そう考えた。時代に左右されたくないが、題材から世相の影響は免れない。初期はバブル、いま労働環境の厳しさは増した。「冗談で通るものの範囲がだんだん狭まっている。でもギャグなんだから、良いも悪いも笑い飛ばしたい」

 妻の森下裕美さんも07年に短編賞を受けた。「彼女は本当にプロフェッショナル。ぼくはマンガ家に向いていない、と思いながらダラダラ続けてきた。サラリーマンに近いのかな」

(2011年5月22日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 思えば幼稚園に入るよりも前、字もろくに読めない頃から手塚マンガに接していた自分でした。6歳上の兄が買って来る「少年」の「鉄腕アトム」や「少年サンデー」の「白いパイロット」に夢中になっていた幼児だったのです。

 それから長い年月を経て、なぜか4コママンガなぞをシコシコ描いて生活する身となった今、ジャンルは違えどやはりそもそもの出発点はあの時のマンガ経験だったのだなあと考えたりしていました。

 だから今回、手塚先生の名を冠する賞をいだくのは自分に似つかわしくないと思いつつも、感慨深いものがあったりします。ありがとうございました。

(2011年の贈賞式小冊子から)

  • パパはなんだかわからない

パパはなんだかわからない©山科けいすけ小池書院

  • C級さらりーまん講座
  • C級さらりーまん講座
  • C級さらりーまん講座
  • C級さらりーまん講座

C級さらりーまん講座©山科けいすけ/小学館全13巻

山科けいすけ山科けいすけさん1957年、東京都生まれ。「C級さらりーまん講座」を90年からビッグコミック(小学館)で、「パパはなんだかわからない」を94年から週刊朝日(朝日新聞出版)で連載中。(2011年5月22日付、朝日新聞朝刊)