第16回 手塚治虫文化賞 2012

マンガ大賞

マンガ大賞ヒストリエ岩明均さん

ヒストリエ

作者に聞く

 古代西洋の英雄、アレクサンドロス大王に仕えた実在の書記官エウメネスが主人公だ。相当にマイナーな人物を選んだのは、「いろいろな出来事が周りで起きた人物。そのポジションの面白さです」と話す。

 前半生はほとんど不明な人物を、ギリシャ人の地方有力者の家庭で育つも、じつは騎馬民族スキタイ人だったと設定した。出自ゆえに変転するエウメネスの遍歴を通じて、異なる文化がぶつかり合った地中海世界を鮮やかに描き出す。

 知略で苦難を乗り切り、マケドニアでその地位を確立していくエウメネスだが、どこか冷めて、軽さを漂わせるのが魅力的だ。

 「異文化の交わりの難しさ、そこでどうすればより良い方向に向かうのか、そんなテーマで描いてますが、エウメネスは正義をふりかざしたり、世界の人々の幸せを願ったりするタイプではない。起こってしまった対立を、とりあえずどんなふうに対処するかなんです」

 代表作「寄生獣」で強烈なインパクトを与えた持ち味の残酷描写は、今作でも顔を出す。最新7巻の、生首を大蛇がのみこむシーンは圧巻だ。少年時代のアレクサンドロス大王も二重人格という大胆な設定で登場し、物語は「だいたい4割ぐらい進んだ」という段階だ。

 成長して東征する大王、その死後のバビロン会議など、史実の行く末は調べれば分かる。でも「決められた枠があれば、予想外なこともやりやすいんですよ」。この先も、様々な驚きをもたらしてくれそうだ。

(2012年4月23日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 「魅力的な主人公さえ創れば、あとはそいつが一人歩きして物語を作っていく」てな事を新人の頃に言われ、主人公のキャラクターづくりに励んだのですが、どうも上手(うま)くいかない。そんな時に「もう一方のやり方」を示して下さったのが手塚先生でした。正確には先生が書かれた「マンガの描き方」というご本。もう一方、つまり「キャラクターが物語を作る」ではなく、「物語がキャラクターを作る」という順序です。どちらが良い悪いではなく、私にはこちらが合っていました。以来、「マンガの描き方」で学んだままを基本に、ずっと仕事をしています。今は本作、「歴史もの」として、すでに出来ている物語(史実)を新鮮な世界として展開させ、昔に死んでいる実在人物をキャラとしていかに躍動させるかが大事かな、と思います。

 このたびの受賞では一(いち)手塚ファン、後輩漫画家というほかに、「1人の生徒」として大きな喜びを感じています。どうもありがとうございました。

(2012年の贈賞式小冊子から)

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ヒストリエ©岩明均/講談社既刊1~9巻(2016年2月現在)

岩明均岩明均さん1960年、東京都生まれ。85年デビュー。代表作に「寄生獣」「七夕の国」など。「ヒストリエ」は2003年から「アフタヌーン」(講談社)で連載中。(2012年4月23日付、朝日新聞朝刊)

新生賞

新生賞伊藤悠さん

「シュトヘル」で西夏文字をめぐる戦いという意欲的な題材に挑み、壮大な世界を創り上げたことに対して

シュトヘル

作者に聞く

 13世紀の中央アジア。チンギス・ハーンとおぼしき「大ハン」率いるモンゴル族が版図を拡大している。大ハンがタングート族の国「西夏」の書物を焼き尽くすことに執念を燃やすなか、大ハンに恭順する部族の少年ユルールは西夏文字に魅了され、その文字盤を守ろうと身内に背く。共に行動するのは、少年の兄に仲間を殺された復讐(ふくしゅう)に燃え、「シュトヘル」(悪霊)と恐れられる西夏の女戦士だ。

 異国情緒あふれる軍装の兵士たちによる壮絶な戦闘シーンをたたみかけるように描きながら、人間にとっての「文字」の意味を問いかける。文字を持たない草原の民のユルールに、「文字は、人を憶(おぼ)えておくために生まれた」と語らせて。

 なぜ文字なのか。「小さいころから、自分はとるに足らない者じゃないかと、悲しかった。でも、消えてしまうのでなく、記録のどこかに残って欲しい、というあこがれがありました」

 原作があった前作「皇国の守護者」で絵の巧みさは知られていたが、今作は初めてのオリジナルの長期連載だ。「始める時はすごく怖かったけど、描きながら考えたことがエピソードになる楽しさを感じてます」

(2012年4月23日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 老若男女のみならず、動植物や無機物にもかわいらしさと、かっこよさと、ときには怖さや色っぽさのこぼれてくるような画を描けるようになりたいとボンヤリ願ってきました。

 いまは、それらが生々しく、でもこれ見よがしでもなく、ごろごろとしみじみと転がっている舞台を作れたら、と願っています。

 そんなことは軽々と実現していて、しかもなにより面白い漫画が子どもの頃に家にありました。タイトルは「ブラックジャック」と「火の鳥」でした。

 目標は遠いのですが、ようやく踏み出した第一歩が「シュトヘル」です。到達できないまでも、そちらに向かっていきたいと思います。

 今回はたいへんに立派な賞をいただいてとてもうれしいです。読者の方々と、制作に関わってくださっている皆さんに感謝します。本当にありがとうございました。

(2012年の贈賞式小冊子から)

  • シュトヘル
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  • シュトヘル

シュトヘル©伊藤悠/小学館既刊1~12巻(2016年2月現在)

伊藤悠伊藤悠さん1977年、東京都生まれ。「シュトヘル」を2009年に始め、現在は「月刊!スピリッツ」(小学館)で連載中。アニメ「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」ではキャラクターデザイン原案を手がける。(2015年11月30日現在)

短編賞

短編賞ラズウェル細木さん

「酒のほそ道」(日本文芸社)など一連の作品に対して

酒のほそ道

作者に聞く

 呑兵衛(のんべえ)がグタグタ飲んでいるだけのマンガ、というのは褒め言葉だ。そのうまそうな飲みっぷりを目にして、一杯ひっかけたくなる読者も多いに違いない。

 15年以上続く週刊連載「酒のほそ道」。30がらみのサラリーマン岩間宗達が酒を飲んでいる姿を、毎回6ページに収め続ける。

 デビュー当初はマージャンマンガを描いていたが、「マージャンに興味がないのがばれたのか、まったく人気がなかった。そこで好きな食べ物の話を入れるように」。それが、目にとまり「ほそ道」につながる。

 「とにかく酒に意地汚い。いったん飲み始めると止まらないキャラクター」。そんな主人公に、読者からは自分が投影できると好感触が返ってきた。それは、「自分であり、身近にいる友達の姿なんです」。

 飲み屋だけでなく、家での晩酌のさかなも頻繁に登場する。「自分が作ったつまみがぴったりはまって、酒がさらにうまくなると本当にうれしいんですよ」

 「モーニング」(講談社)で連載中の、うなぎだけを食べ続ける「う」も最近、話題を呼ぶ。「そんなに題材があるとは思わないで始めたけれど、奥深くて自分でもびっくりです」

(2012年4月23日付、朝日新聞朝刊)

受賞コメント

 もの心ついたときにはすでに漫画を読んでいた私ですが、はっきり自覚して愛読していた最初の漫画は、父が買ってきてくれた手塚先生の『0マン』の単行本であります。幼稚園時代から何度繰り返し読んだかわかりません。

 という具合に、手塚漫画が漫画人生の原点であることを考えると、この賞をいただけることはまことに感慨深いものがあります。

 現在、手塚ワールドとはかけはなれた作品を描いておりますが、幼少時に薫陶を受けた手塚先生の漫画スピリットを忘れず、これからも描き続けていく所存であります。ありがとうございました。

(2012年の贈賞式小冊子から)

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酒のほそ道©ラズウェル細木/日本文芸社既刊1~38巻(2016年2月現在)

ラズウェル細木ラズウェル細木さん1956年、山形県生まれ。「酒のほそ道」を94年から「週刊漫画ゴラク」(日本文芸社)で連載中。(2012年4月23日付、朝日新聞朝刊)

特別賞

特別賞あの少年ジャンプ

東日本大震災直後、仙台市の塩川書店五橋店は、譲られた1冊のジャンプを回し読みに提供、子どもたちに元気や勇気を与えた。マンガの持つ力に対して

あの少年ジャンプ

被災の子どもを笑顔に

 ぼろぼろになった1冊の週刊少年ジャンプが、額縁に入れられ、同誌編集部で大切に保管されている。

 震災に見舞われた仙台市の中心部。津波の被害などはなかったが、多くの書店は休業を余儀なくされた。

 塩川書店五橋店は、震災の3日後に店を再開した。店主の塩川祐一さん(49)が、近所の母親たちに「子どもが余震やテレビの映像におびえているので、絵本やマンガを見せたい」と声をかけられたからだ。

 でも、流通は止まり、最新のコミック誌などは届かない。子どもたちが残念がるなか、ある男性客が県外で買って、読み終えたジャンプを譲ってくれた。

 ジャンプ読めます――店頭に貼り紙をすると、たくさんの子どもたちが押し寄せ、回し読みをした。その様子が報道されると、全国から最新のコミック誌がたくさん届けられた。

 家を流され、避難所に身を寄せる母親が子どもを連れてきたこともあった。

 塩川さんは言う。

 「子どもがマンガを読んで笑えば、大人も笑顔になる。マンガは人々をあったかくしてくれたんですよ」

 ◆特別賞の賞金100万円は、塩川書店を通じて、大震災出版復興基金に寄付されます。

(2012年4月23日付、朝日新聞朝刊)