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「マッキー事件」を取り上げた2010年4月16日付朝日新聞夕刊の連載「メディア激変」

 2009年、ソーシャルメディアを利用してネット上でのプレゼンスを高めようと、朝日新聞社がTwitterの運用を始めることになった。

 私が社を代表するアサヒ・コム編集部のアカウント@asahiの担当者に任命されたのは「部署で最年少で、Twitterを使っている同僚が他にいなかったから」という単純な理由によるものだった。

 @asahiのデビュー戦は6月、サッカーW杯アジア最終予選の日本―カタール戦。当時の上司に「好きなようにやっていいよ」と言われ、それを額面通りに受け取って現地から試合をテキスト中継した。

 「朝日新聞のマッキー」と名乗り、試合前に食べたかき氷がおいしかったこと、好きな選手がかっこいいことを気軽につぶやいた。なぜなら、サッカーにまったく詳しくなかったからだ。

 Twitterでは試合開始前から「朝日新聞のアカウントがやばい」とざわつきはじめた。リロードするたびにフォロワーが増えていった。

 決定打は前半終了時に放った渾身のツイート「試合終了」。デスクから「まだ終わってないよ」と怒りの電話がすぐかかってきた。

 いろんな意味で「終わった」と思った。「明日、会社に席はない」と震えた。

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 だがありがたいことに、多くのユーザーは「朝日新聞のゆるいアカウント」という妙な化学反応に興味を持ってくれた。社内からの批判もほとんどなく、しばらくはソーシャルメディア担当を務めた。

 社員でありながら紙面の連載「メディア激変」に取り上げられた時には、「娘が新聞に載った」と興奮した家族が新聞を買い占めた。そしてその後、Twitterのオフ会で出会った人と結婚した。

 この「事件」で私の人生が変わったといっても過言ではない。

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 「マッキー事件」は、厚かましくも企業アカウントの成功例としていくつかの書籍や記事で取り上げられた。しかし私個人の仕事内容が評価されたわけではないし、その経験を新聞社のソーシャルメディアの運用に活用できているとは、到底言いがたい。

 それでも、年功序列の色濃い新聞社で、若手の特性を生かして活躍できるフィールドがインターネットの中にあったことが嬉しかった。デンジャラスなデビュー戦ではあったけれども、これでインターネットとオールドメディアの距離を少しだけ近づけられたとすれば、「試合終了」の“誤報”に激怒したデスクにも許してもらえるのではないか。

 そう勝手に思っている。