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2002年ごろの「朝日・日刊スポーツ」トップ画面

 アサヒ・コム開始から4年、一つのサービスが生まれ黄金時代を迎えました。携帯サービスです。

 朝日新聞社が携帯サービスを始めたのは1999年2月22日。NTTドコモが「iモード」を開始したのと同時に「朝日・日刊スポーツ」もスタートしました。当時は無料でした。

 それから1年後、iモードの有料化と同時に、100円/月に設定しました。有料化スタート初日に会員数1万人を突破、KDDIのEZweb、J-PHONEのJ-スカイも続きました。

 有料化の翌年2001年には、会員数は50万人を超えました。一般ニュースに加えて「知恵蔵&記事DB」といったデータベースサイト、日刊スポーツの情報に特化した「スポーツ☆パラダイス」といった携帯向きのスポーツ速報も展開。

 特にスポーツや芸能といったやわらかい情報は携帯との親和性が高く、各新聞社ともスポーツ紙との連携は不可欠でした。MLB、競馬やtoto、芸能に特化した独立サイトも立ち上げました。

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 新聞紙面上では競合していても、新聞各社の携帯担当者同士は頻繁に交流していました。PCと異なり、横1列に8文字しか入らなかったデバイスに、どれだけの情報を詰め込むとユーザーは利用しやすいのか。絵文字は何を入れると効果的か。新しい仕様にはいつ対応するか……などなど昼夜を問わず話し合い、今も連絡を取り合っている方もいらっしゃいます。

 日経さんとは、共同でニュースクイズのコンテンツ「ニュース☆バトル」を提供したこともあります。朝日と日経の日々の新聞記事をクイズにしたコンテンツ。なかなかの人気で、ファンを集めてリアルなクイズ王決定戦も実施したことも。その時の司会が当時新人アナウンサーだった大江麻理子さんだったのも懐かしい思い出です。

 2002年、有料登録者数は100万人を突破。売り上げは当時の一般的なPCサイトを凌(しの)いでいました。各キャリアーや広告会社、関係者をお招きして開いた記念パーティーで各社から届けられた大きな花輪が並ぶのを見ながら、「ここまで来られたか」と徹夜明けの目にしみるものがありました。

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 その後も、着メロ&着うたのブームが来ればヤマハさんと、FOMAなど動画対応機種が出ればテレビ朝日さんや朝日放送さんと、電子書籍&まんがブームが来ればそれに特化した会社と連携して新規サービスを立ち上げました。キャリアーとの連携も深く、新機種の開発段階から協力し、携帯端末発売と同時にサービスインさせたサイトもありました。ケータイアプリのブームが来ればアプリも大量に制作。最盛期には、ほぼ毎月何かしら新規サイトのサービスインをしていたと思います。

 表向きは華やかでしたが、携帯チーム員は激務に追われていました。各キャリアーからは続々と新機種が出るため、常に携帯端末を何個も持って各サービスやサイトのトラブルに対応しなくてはならず、2004年夏は昼間は高校野球速報、夜はアテネ五輪の速報。連日連日、朝晩休まず働き続けました。その甲斐あって、朝日新聞社の携帯サイト有料会員数は120万人を突破……。

 いわゆるガラケー全盛期の懐かしい思い出です。

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 そして今。スマートフォンの台頭で、モバイル分野の勢いは再び増してきています。

 日々対応に追われる状況は変わりませんが、デバイスと共に起きるビジネスチャンスは大きく目の前に広がっている。そう思いながら担当者らは、よりよいサービスの実現に向けてきょうも携帯を握りしめています。