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朝日新聞1995年3月20日付夕刊1面(広告はぼかしています)

 20日午前8時すぎ、東京都内の営団地下鉄日比谷、丸ノ内線の電車内で、同時多発的に強い刺激臭が漂い、多数の人が体の不調を訴え、警視庁の午後1時20分現在のまとめでは、築地、茅場町など16駅から乗客や駅員ら909人が病院に運ばれた。東京消防庁の調べでは、11人が心肺停止状態になり、うち6人の死亡が確認された。

 警視庁は、薬物は長野県松本市で昨年6月に発生したものと同じ猛毒のサリンと断定した。同庁は無差別殺人を狙った組織的犯行とみて、刑事、公安両部合同の総合警備本部を設置、刑事部には殺人事件の特捜本部を置いて、殺人などの容疑で捜査を始めた。

 警視庁捜査一課は、築地駅で見つかった残留物を分析した結果、サリンを生成する過程で同時にできるメチルホスホン酸ジイソプロピルエステルを検出した。この物質は昨年6月の長野県松本市の現場、その直後の山梨県上九一色村の悪臭さわぎでも検出されたという。専門家はこの物質が検出されたことが、サリン使用を裏付ける決め手になるとしている。

 また、これまでに築地、本郷三丁目、中野坂上の3駅で、有機化合の合成に使われるアセトニトリルも検出されており、捜査一課や専門家は、アセトニトリルにサリンを溶かし込んだ可能性があると見ている。

 営団地下鉄は日比谷線を全線で運行停止にした。病院に運ばれた人以外にも、せき込んだり、口や鼻を押さえたりする人が続出。朝のラッシュアワーと重なり、各駅は通勤、通学客で大きく混乱した。

 乗客の話では、列車の座席の下に新聞紙に包まれた箱が置いてあったり、ガソリン容器のようなものが倒れたりしていた。また車内に透明の液体がまかれたという証言もある。

 警視庁によると、薬物が置かれていた電車は、日比谷線、丸ノ内線の各1本。営団地下鉄によると、少なくとも丸ノ内線2本、日比谷線、千代田線各1本の計4本という。

 営団地下鉄日比谷線の小伝馬町駅で患者の応急処置にあたった医師によると、患者はいずれも(1)目の球結膜の充血(2)瞳孔(どうこう)が1mmほどに縮む(3)激しいおう吐(4)血圧低下――などの症状が見られたという。現場の捜索にあたった捜査員の中にも同様の症状を訴えた人がいた。

 聖路加国際病院には約170人が収容され、大半の人が粘膜の炎症、瞳孔の縮小、吐き気の症状があった。同病院では松本のサリン事件の患者を扱った信州大学病院と連絡を取り合い、サリンによる影響と酷似しているとの見方を強めている。

■サリン
 自然界には存在しない化学物質。常温では液体だが気化しやすい。ナチスドイツが開発した化学兵器で、強い神経毒性がある。青酸カリの数十倍の殺傷力があり、1mg足らずのガスを吸い込むと、神経が正常に機能しなくなる。呼吸中枢がまひすると数分で死に至る。サリン中毒の症状は、めまい、おう吐、ひとみが小さくなる縮瞳(しゅくどう)など。
 サリンは化学兵器全面禁止条約の規制物質。しかし、化学の専門家の間には「サリンは、化学合成の知識や経験があれば、市販の材料の組み合わせでできる」との見方もある。