@築地
最高のわさびは「男前」
築地市場の老舗仲卸「くしや」の杉本雅弘社長は、田代家のつくるわさびを20年以上仕入れ続けている。父親の薫さんの代からの付き合いだ。
「男前」のわさびを手にする仲卸「くしや」の杉本雅弘社長
静岡・伊豆や長野、秋田、岩手、東京・奥多摩……主な産地のわさびはほとんど食してきた。
そのなかでも杉本社長が「ほれた」のが田代さんのわさびだ。「群を抜いてうまいし、見てくれもいいんだよな」
色合いと香り、粘り、辛み、甘み――。この5点で評価したときにすべてが満点に近くないと杉本社長は「ほれた」とは言わないそうだ。「うまいわさびは、おろした時に鮮やかな緑になる。ツンとくる香りも独特だ。粘りもある。パンチのある辛みも。しばらくしてやってくるほのかな甘みもある。田代のわさびと他のとの一番の違いは甘みだろうな」
田代さんのわさびの中にも、杉本社長がつける値段には幅はある。安いものは1キロ6千―8千円だが、最高のものだと2万数千円。最高のわさびは見た目が違うという。杉本さんはそれを「男前」と表現する。
その特徴はこうだ。形は真っすぐで、でこぼこがない。茎の色は紫色。葉っぱが落ちた跡のボツボツが均一になっている。近くで見ればわかるらせん状の線の間隔も一定である。「男前のわさびは最高にうまい。そうじゃないと、普通の4倍の値段はつけられないよ」
仕入れた分は1週間足らずでほぼ売り切れてしまうという。ニューヨークから買いに来た料理人もいたそうだ。
杉本社長は、わさびには日本の食文化を豊かなものにする役割があると信じている。「寿司にしても刺し身にしても、わさびって主役じゃないでしょ。しかも、店で出す時はタダなんだよ。買うときはたいていの主役より高いのにさ。それでも、その価値を認めて買ってくれる料理人がいる。それを求めるお客がいるからでしょ」
そしてこう継いだ。「寿司屋でわさびがほしければ『ナミダ』をくれっていえば通じる時代があった。そういう言葉遊びが生まれ、コミュニケーションが進む。わさびにはそういう力もあると思うんだよね」