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 魚河岸定番の長靴。膝(ひざ)の部分に白く浮き出た逆三角形のマークが、すべての商品共通の目印。商売や水の神様の化身、白蛇のウロコをかたどっているのだが、そんな由来は思いつかぬほど、スキッとモダンである。

 私が愛用しているのは、定番中の定番「白底付大長(しろぞこつきだいなが)」。河岸に入って20年近く、2度の浮気はしたもの、「やっぱりコイツ」なのである。

 色は艶(つや)消しの黒。柔軟性抜群のゴムでできており、しゃがんで作業しても足首に負担がかからない。厚底なので、ちょい足長効果もあるが、とにかく歩きやすい。靴底は、滑りにくい構造。と、すべてが男っぽい魚河岸仕様でありながら、女子が履いてもかっこよく決まるのである。

 製造発売元は「伊藤ウロコ」。店は、場内の一角、買い出し人のための商店街、「魚がし横丁」にある。

 魚河岸の履物と共に歴史を重ねてきた店で、創業は江戸期末、日本橋魚河岸にさかのぼる。魚河岸といえば、激しい仕事にも耐える「小田原下駄(げた)」が有名だが、初代伊藤政次も下駄商としてスタートした。そして2代目千代次は、小田原下駄を改良、「板割り草履」を考案する。水たまりでも足が濡(ぬ)れない高歯の下駄に、足裏は温かいように草履をミックスさせ、ヒット商品となった。

 しかし、千代次のすごさは、ここからだ。

 海外から輸入されたゴム長を知るや、「下駄の時代は終わった」とばかり、1910(明治43)年、「伊藤ゴム」を立ち上げる。アメリカから天然ゴムを輸入、長靴の試作にとりかかったのである。最大の課題は、滑りにくい靴底。ヒントを、吸いついたら離れないタコの吸盤に求めた、というのも、魚河岸のために生きた人らしい。

 そして大正時代のなかごろ、試作第一号として完成したのが、「白底付大長」なのである。

 「早くに亡くなった3代目の父網太良も、長靴に精魂をかたむけた」と語るのは、やがて5代目となる伊藤嘉奈子さん。玄関先のタイルに靴底をこすり付けては、「白底付大長」の改良に思案する姿が目に焼き付いている。

 代々の長靴愛は、カナちゃんにもしっかりと受け継がれ、耐油性や防寒などの改良作を考案してきた。長靴で場内を飛び回るカナちゃんの姿は、それこそ「女子が履いてもかっこいい」の見本である。