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兄との「絆」が原動力 プロ入り目前・高橋洸内野手

2011年11月22日13時32分

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写真:日本文理高の室内練習場で談笑する高橋洸内野手(右)と兄の潤さん=新潟市西区新通拡大日本文理高の室内練習場で談笑する高橋洸内野手(右)と兄の潤さん=新潟市西区新通

 プロ野球のドラフト会議で巨人から5位指名された日本文理高の高橋洸内野手(18)のプロ入りが、目前に迫ってきた。先週末に球団との仮契約を済ませ、23日の入団発表を待つばかり。夢の舞台に挑む高橋内野手が野球を続ける原動力は何だったのか。そこには、兄・潤さん(20)との「絆」があった。

 ■励まされ、野球一筋

 「ここにくるまでに一番、世話になったのは兄。喜びを一番に伝えたい」。ドラフトで指名を受けた直後の記者会見。興奮冷めやらぬ表情で、高橋内野手は潤さんへの感謝の気持ちを率直に口にした。

 小学校2年で野球を始めたきっかけは、潤さんの存在だった。「兄と同じことがしたくて、まねばかりしていた」と振り返る。当時、遊ぶ時はいつも潤さんについてまわった。潤さんが小学4年になって少年野球のチームに入ると、自分も迷わず入った。同級生は一人もいなかったが、気にならなかった。

 野球は、兄の背中を見ながら学んだ。潤さんがバッティングの本を買って研究し、素振りの練習をしていると、その後ろでまねた。グラブやスパイクなど、道具の手入れを毎日欠かさない姿から、道具を大切にする姿勢を学んだ。2人は、中学まで同じチームで投手として野球を続けた。

 潤さんは「公立高校で野球をしたい」と五泉高に進学。「生活の全てが野球」という日々を過ごしたが、2年秋、野手に転向し「もやもやした時期もあったけど、気持ちを切り替えた」。一方、高橋内野手は日本文理高に進学、控え投手として1年夏に甲子園の舞台に。だが翌年夏、監督から野手転向を言い渡され、「投手を諦めきれず、野球を辞めようと思った」。

 そんな時に、潤さんから一通のメールが届いた。「お前の人生だけど、投手だけが野球じゃない。打者もそんなに悪くないよ」。同じ経験をした、兄からの便り。自宅を離れて寮生活を送り、会話の機会も少なくなっていた潤さんの言葉に励まされ、再度、野手として野球に向き合うことを決意した。

 現在、潤さんは五泉市にある製薬会社に勤め、社会人野球チームに所属している。プロ入りを決めた弟に「野球で稼げるのはうらやましい。みんなが憧れる厳しい世界で、最高のパフォーマンスができるよう頑張ってほしい」。高橋内野手は「常に自分の先を歩み続けてくれた兄に感謝したい。その気持ちを込め、しっかり自分の道を歩みたい」。(高見沢恵理)

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