2021年4月に朝日新聞デジタル編集長に
就任した伊藤大地さん。

ウェブメディア出身という、
新聞社では異色の経歴を生かし、

朝日新聞デジタルのさらなる進化を目指します。

そこに込められた思いや展望を語ります。

伝えたいのはインフォメーションだけじゃない

朝日新聞デジタルでは1日150本ほどの記事が配信されています。必ず掲載しなくてはならないニュースは紙の朝日新聞もデジタル版も同じ。違うのは、いつ出すか、どう出すかということです。今日出すニュースだけを捉えて、早ければいい、詳しければいいということではなく、週単位、月単位でどのように情報を発信するかを考えています。

たとえば、数日前に、コロナ禍のニュースとして病床使用率を書いた。今日も使用率は変わっていないから書かなくていい、とはなりません。毎日手元に届く紙の朝日新聞と違って、デジタル版は記事の積み重ねではなく、“その記事” だけで大事なことを伝える必要性が高いんです。ベースとなる情報をどう盛り込むのか、届けるのかが重要になってきます。

その一方で、デジタル版は紙の朝日新聞ほど網羅性を重視していません。なぜなら、他のサイトでもわかるような情報であれば、そちらを見ればいいからです。それよりも、他のサイトでは手に入れられない価値をいかに提供できるか。事件や社会課題に一歩踏み込んで、背景やそこから読み解けるものを伝えていきたい。つまり、伝えるべき中心は、インフォメーション(情報)よりもインテリジェンス(知)だと考えています。「そんな簡単なことじゃない」と言われますが、だからこそやるべきなんです。

さらに、デジタル版は、テキスト、写真、動画、音声など、そのニュースに最も適している表現手段を用いることができます。紙の朝日新聞はテキストが重要になってきますが、デジタル版はテキストが1行でも成立するし、もしくはなくてもいい。逆もしかりです。“このニュース”が伝わりやすい表現方法は何か、突き詰めて配信していきたいですね。

ニュースが無料で読める時代、
朝日新聞デジタルの価値とは

僕はこれまで、「ハフポスト日本版」や「BuzzFeed Japan」など、ウェブメディアの立ち上げや運営に携わってきました。その中で、ユーザーに求められる確かな報道の重要性、さらに、オールドメディアならではの規模や蓄積でしか実現できない報道もあると感じていました。とはいえ、広告型のウェブメディアではその規模などを実現し維持することは難しい。ならば課金型のウェブメディアの可能性にチャレンジしていかなければならない。そんな思いが重なり、縁があって2021年4月、朝日新聞デジタルの編集長に就任しました。実は、20年ほど前に朝日新聞の中途採用に応募した経験があるんです。その時は記者志望でした。

新聞の役割は、読者の代理として記者が現場に行き、伝えることです。入社後、どのように新聞が作られているのかつぶさに見て、やはり100年以上の歴史がある朝日新聞が持つ取材のノウハウや記者の教育システムは簡単にはまねできないと感じました。

1行の事実を書くためにどれだけの取材、確認を積み重ねるか。記者の数は絶対に減らしてはいけない。一人でも多くの記者を維持し、良質な報道環境を維持していくべきです。そのためには、広告費だけでメディアを維持するのは無理があります。読者の皆様に直接支えていただくほかありません。

今は多くのニュースが無料で読めます。ただ、信頼性の高いものもあれば低いものも混ざっている。ユーザーにとっても「これが事実かどうか、見分けるのはあなたのリテラシー次第」と言われたら困りますよね。だからこそ、僕らが提供していくべきものは、「これ、本当なの?」といちいち確かめなくてもいい、信頼性を感じてもらえる記事です。そのためには、SNSや記者サロンなどで、作っている人、すなわち記者の顔を見えるようにして、作っている過程を発信していく必要もあるでしょう。

また、朝日新聞デジタルには、デジタル版ならではのさまざまな機能、コンテンツがあります。僕のイチオシは、毎晩9時前後に配信しているニュースレター「Evening-A」。忙しい方にも「これだけは読んでほしい」という記事を詰めています。6月にスタートした新サービス「コメントプラス」も設計段階から関わりました。記事を深く理解していただく“補助線”となるように、さまざまなコメンテーターに自由にコメントしていただいています。

社会に埋没している問題を発見し、
意見の交わる社会とするために

多様な記事をパッケージで見せていきたいとも考えています。たとえば、一つの問題に対して、A、B、Cの意見があるとします。実は、広告型のウェブメディアであれば、それぞれバラバラに記事を作って配信したほうがいいんですよ。3本それぞれに賛同者が集まって盛り上がり、ページビューが稼げるから。しかし、それぞれの賛同者は互いに交わらないという問題が出てきます。「エコーチェンバー現象」(閉鎖的なコミュニティ内で同じような意見が強化されること)と言われる現象です。

一方、1本の記事にA、B、Cの意見を盛り込めば、どの賛同者にも刺さらずページビューは伸びなくなるかもしれません。けれども、読んだ人は多様な意見があることに気づくでしょう。読む前と読んだ後、心の中で何かしら変化があるかもしれません。

エコーチェンバー現象は、食べたいものだけをずっと食べている状態と同じこと。それでは不健康ですよね。健康のためにはバランスよく食べたいいほうがいい。当たり前のことですが、当たり前に皆ができることとは言い難い。情報も同じだと思うんです。インターネット社会では、好きな情報だけ手軽に得ることができますが、その結果、意見が交わらなくなるかもしれない。でも、その社会は、僕たちが本当に目指している社会なんだろうか。それで知的健康が守られるのだろうか。それを問い続けていきたいんです。

記者は社会において、問題を発見し提言していく役割を担っていると思います。メディアが「ここに問題があります」と示さなければ発見されない問題は山程ある。社会の中に埋没している数々の問題を掘り起こしていくことは、一人でも多くの人が生きやすい社会になることにつながるのではないでしょうか。

僕は、それが昨今重要視される「多様性」のある社会の実現だと思います。ジェンダーや国籍の問題に限らず、究極的には全ての人、一人ひとりが生きやすい社会。そうした社会をつくるために在ることが報道の存在価値であり、朝日新聞が今までやってきたことであり、使命とも言えるでしょう。インターネット社会の一人として、私たちがどうやって生きていけばいいのか、その視点と道標の一つが提供できれば嬉しい。そう思っています。

※年齢・肩書・インタビュー内容は取材時の内容です。

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