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周辺事態対応に不審と期待

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 日本政府は96年の日米安保共同宣言以来、米国とともに周辺事態への対応策を着々と講じてきた。すなわち朝鮮半島有事への備えだ。06年12月には日米共同作戦計画「5055」の策定作業を始めるまでに至った。もう一つの周辺事態である台湾海峡有事では、中国への配慮から具体策づくりを避けてきた。いま、日本政府関係者を当惑させる現象が起きている。協力を求めたい韓国では、対日不信が深まる。逆に、現状を維持したい台湾では日本への期待感が高まる。思惑通りに運ばない安保政策の難しさだ。(ソウル支局・牧野愛博)

朝鮮半島共同作戦計画――進む日米「5055」、米韓「5027」と連動せず

 日米両政府が目指す共同作戦計画「5055」とはどんなものか。まず周辺事態と日本有事について、考えられる状況ごとにシナリオを描く。次に、米軍の出撃拠点になる港の提供など、具体的な課題ごとに、警察や自治体、民間の協力も含めた計画をつくる。

 医療協力であれば「提供する病院名」から「ベッド数」などに至るまで詳しく詰めていく。

 ここで関係者が懸念するのが、韓国との関係だ。

 例えば、韓国在住の民間日本人を救出する非戦闘員退避活動(NEO)計画。在韓米軍を頼りたい政府は、今年中に米国と援助協定を結びたい考えだ。しかし、米政府は「他の同盟国との関係もある。日本だけを特別視できない」という考えを非公式に伝えている。

 韓国政府はどうか。盧武鉉政権の高官は「自衛隊の艦船や航空機が、韓国の領海領空に入ることは拒否する」と説明する。日本政府関係者は「民間機が運航しているうちに、多くの人を退避させるしかない」と話す。

 日本政府には、韓国軍の動きもよく見えない。

 韓国は最近、北朝鮮が韓国に侵攻する事態に備えた米韓共同作戦計画「5027」を見直すことを決めた。半島有事の際、米軍が持つ韓国軍の作戦統制権(指揮権)が12年に韓国側に移管されるためだ。

 関係者によれば、これまでの計画は、北朝鮮軍の進撃を防ぎ切った後で反攻し、北上する作戦だった。新計画は防御と反攻を同時におこなう方針という。南北軍事境界線に近いソウルで大量の被害者を出さないためだが、韓国の過剰な反撃を恐れていた米国の関与が薄れたことも大きい。

 「5027」の変更は、日米の「5055」に影響を与える可能性が高い。例えば、「5055」の想定の一つに朝鮮半島で発生する難民対策がある。日本政府は03年ごろ、「10万〜15万人が日本上陸」と試算したことがある。米韓両軍の作戦が変われば、難民の数や発生場所も大きく変わりうる。

 日本政府は93〜94年に起きた第1次北朝鮮核危機の際、米国に「5027」の開示を求めたことがある。米国は韓国に配慮し、兵員移動の予定などを記載した米単独の「戦力展開計画」を見せただけだった。

 日韓両国はこの危機を教訓として、防衛交流の活発化を図ってきた。だが、周辺事態への備えを進めれば進めるほど、韓国側の不信は募る。

 韓国が「自衛隊入国禁止」の意思を表明したのは97年9月。日本側ができたばかりの「新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」を韓国側に説明した時のことだった。韓国は「高く評価する」としたが、同時にこうした非公式の注文をつけるのを忘れなかった。

 韓国国防白書によれば、韓国は12年までにイージス艦を3隻建造する計画だ。日本の防衛関係者からは一様に「陸軍国に、なぜイージス艦が必要なのか」という疑問の声が出る。だが、韓国の軍関係者はこう反発する。「地域の他の軍事力とのバランスを考えるのは当然のことだ」。信頼醸成措置が進まない北東アジア地域では、他の地域に比べて軍拡競争に拍車がかかっているように見える。

米頼みの危うさ――拉致巡り日本の姿勢に困惑 ヒル氏は北朝鮮の核“容認”発言

 この2月21日、安倍首相は、来日したチェイニー米副大統領と北朝鮮の核問題を協議して意気投合した。2人は異口同音にこう語りあった。「韓国と歩調を合わせるのはなかなか難しいですね」

 韓国の対日不信と、それによる不安定な状況を、日本は日米同盟を基軸にして切り抜けようとしている。政府関係者は「米国との協力があれば何とかなる」という。「北東アジア地域で、米国が最も情報を多く提供する相手が日本なのだ」。そう説明する関係者もいる。

 果たしてそうなのか。

 安倍、チェイニー会談の少し前、韓国政府高官が訪米した。米政府高官に、拉致問題について「日本の対応をどうみるか」と尋ねたところ、「日本外務省はよくやっているんだが……」という返事が戻ってきたという。米高官の言いよどむ姿から、韓国高官は、拉致問題で強硬姿勢を保つ首相官邸を扱いかねている米国の様子を見て取った。

 ある韓国政府関係者は「米国が最優先するのは韓国でも日本でもない。自らの国益が第一なのだ」と解説する。

 3月6日、6者協議の米首席代表を務めるヒル国務次官補はニューヨーク市内での講演で、こう語った。「北朝鮮に対して、ほかの国や非国家組織への核物質の移転を我々がどう見るかということを何度も話してきた。これは、越えてはならない一線、レッドラインだ」

 03年6月、アーミテージ国務副長官は竹内行夫外務事務次官(肩書はいずれも当時)との戦略対話で、こう約束したはずだった。「レッドラインは表に出さない」。当時、日米両政府などが検討したレッドラインは、核実験や弾道ミサイル発射などだった。

 ヒル氏をはじめ米政府は、北朝鮮を核保有国として認めない立場を貫いている。しかし、日韓の専門家からはヒル氏の発言について「驚いた。核の保有を認めるつもりなのか」という声が上がった。

台湾海峡有事――日本の参加を当て込む台湾 日中重視は理解せず

 一方、台湾海峡をめぐる有事に備えた日米共同作戦計画は存在するのか。複数の日本政府関係者は「一切存在しない」と明言する。理由は簡単だ。日本政府は、米国が中国をにらみ、台湾との間で共同作戦計画をつくっていないとみるからだ。関係者は「計画の存在自体が、台湾海峡有事に介入する意思表示になる。米国はアジア太平洋地域での、自らの政策選択の幅を狭めることはしない」。

 ただ、米国は手をこまぬいているわけでもない。台湾国家安全会議の楊志恒研究員は「米国は、台湾の自己防衛能力を高めるための協力には積極的だ」と説明する。

 台湾国防部によれば、米国との間で軍事演習の相互視察、情報交換などが進んでいる。最近の防衛交流では、台湾内の政争で進まない米国製武器の購入問題が議題に。米国側は「台湾は本当に防衛の意思があるのか。それでは米国民の支持は得られない」と迫っているという。

 一方、中国が演習名目でミサイルを発射した96年の台湾海峡危機を機に、台湾は日本に安保交流の提案を始めた。これに対し日本は中国との関係を重視、基本的に応じない方針を貫いてきた。03年、台湾で大使館機能をもつ民間団体「交流協会」に自衛隊OBが着任したが、現役を送る計画はない。

 それなのに、台湾側の期待は高まる一方だ。国防部高官は、安倍政権が進める集団的自衛権の見直し作業について、こう期待する。「台湾海峡で米軍が攻撃を受けたら、自動的に日本も参加してくれるのだろうか」

 日本政府関係者はこんな事態について「台湾を訪れた日本人がその都度、台湾に都合の良い話をしているからだ」とみる。

 最近、台湾海峡での中台の軍事バランスを「中国優勢」とみる関係者も出始めた。関係者によれば、昨年10月、中国の「宋級」潜水艦が、太平洋上に展開していた米空母「キティホーク」に数キロ地点まで接近して浮上する事件まで起きた。

 米国は96年危機の際、空母2隻を台湾海峡付近に向かわせることで、中国を強く牽制(けんせい)した。日本の防衛省幹部は「中国の潜水艦能力が高まれば、米空母の派遣は難しくなる」とみる。

 台湾は昨年の総合軍事演習「漢光22」を、北東部の宜蘭で実施した。これは、台湾側が「中国は主に台湾西岸から侵攻してくる」という従来の想定を変えたことを意味する。

 日本政府関係者は心配する。「中国が台湾東岸に侵攻すれば、日本の領海や領空を侵す可能性が高い」。防衛省と自衛隊はこうした事態に備え、(1)南西諸島に対する防衛計画をそのまま流用する(2)領空侵犯などがあれば、既存の対領空侵犯措置(スクランブル)などで対応する――という方針を固めている。中国を極力刺激せず、かつ、防衛の意思ははっきり示す、という戦略だ。

 だが、中国や台湾が、こうした日本の戦略を十分に理解するかどうか。そもそも、日本国内でも理解が進んでいない。

周辺事態とは

 93〜94年に起きた北朝鮮核危機の際、米軍が求める協力に日本がほとんど応じられなかった事態を日米両国が重視し、新たに導入した概念。97年の新たな日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)に盛り込まれた。政府は「わが国周辺の地域における、わが国の平和と安全に重要な影響を与える事態」としている。

 新ガイドラインには、物資の輸送や補給といった後方地域支援、経済制裁が実施された時の不審船舶の検査、非戦闘員を退避させるための活動、機雷除去など40項目を明記。日本周辺で起きる有事の際の対米支援策の基礎になり、その後の周辺事態法などの成立につながった。

 日本政府は、中国を軍事的脅威とみなしているととられるような政策や言動を極力避け、周辺事態に台湾海峡危機を含むかどうか明言しなかった。日米両国は05年の外交・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)の共同発表文で初めて台湾海峡に言及した。

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