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徹底討論「ジャーナリズムの復興をめざして」
立花隆氏の基調講演(1)
テーマ「ジャーナリズムの危機」

 立花 きょうはこういうタイトル(「ジャーナリズムの危機」)で話をする予定ですが、すごくベーシックな話をするつもりなんです。

 まず、ジャーナリズムの復興を語る前に、「そもそもジャーナリズムって一体何なのか」という、そのこと自体が実は非常に大きな問題でして。ジャーナリズムの定義というのはいろいろあるんです。いろいろあるんだけれども、どういう視点から、今問題にしなきゃならないことがどこにあるのかということを、まず話そうと思っているわけです。

 それで、そもそもきょうは「ジャーナリズムの復興をめざして」というんですが、そのタイトルの含有するところは、そのもとがちゃんとしていたという、それでだめになったと、だめになったから再興するんだという、そういうニュアンスがあるんですが、果たして本当にそうなのかという問題があるわけですね。

 ジャーナリズムの、これは産業仮説的な定義ですけれども、ジャーナリズムとは、「報道人(ジャーナリスト)が報道機関(ニュースメディア)を通してする、報道という仕事」であると。これは報道が随分重なっているから、実は定義のようでちゃんとした定義にはなっていないんです。

 しかし、ここに全部問題があるわけです。つまり、報道人が今ちゃんとした報道人であるかどうか、それから、報道機関が本当にその報道機関たる役割をちゃんと果たしているか、そして、報道という仕事をちゃんと行っているかどうかという、そのあたりを問題にしたいと思っているわけです。

写真

会場風景

●ジャーナリズムの最も本質的な部分

 すべてを語る前に一番大事なことは、ジャーナリズムの最も本質的な部分というのは、「フリーダム・オブ・スピーチ」と「フリーダム・オブ・プレス」にあるということですね。日本語では「言論の自由・出版の自由」と訳されていますが、これは世界中の憲法がいろんな形で保障してる基本的人権と言われているものの最も本質的な部分です。

 実は今、ジャーナリズムの危機といろいろ言われている部分はここのところですね。最もジャーナリズムの本質をなすここの部分に関わる危機が起きていると。それで、ジャーナリズムというのは、こういう「基本的人権の最も中核的な部分」を日々担っている、役割を果たすべき部分であるわけです。

 特に日々の実践という意味が非常に重要なわけで、ジャーナリズムの語源をご存じの方はすぐわかるように、ジャーナリズムの「ジャーナル」というのは、「日々の」というまさにその意味なんですね。日々の活動がジャーナリズムの本質であるということ、しかも、こういう部分を本質的に担っているということがあるわけです。

 その問題を考えるためには、「言論の自由・出版の自由」というのが、そもそも何のためにあるのかという、ここのところが非常に重要なわけでして、この「出版の自由」と一般に訳されている「フリーダム・オブ・プレス」、そのプレスというのは、日本語の「出版の自由」の出版とはちょっとニュアンスが違うわけですね。

 要するに、プレスというのは印刷機のプレス、もともとはそういう意味なんですね。言論の自由はそのスピーチ、しゃべるだけじゃなくて、それを印刷物にして配る、そのすべての活動を「フリーダム・オブ・プレス」というわけです。

 そもそも「言論の自由・出版の自由」が一番高らかにうたわれたのはフランス革命の時で、その基本的人権というのはそこから出発しているわけですが、あの革命そのものが、スピーチと、それから、プレスの自由があって初めて成立したわけですね。

 要するに、人間の、人類の近代史は、あそこが出発点にある。スピーチとプレスの自由は、それ以前の時代は保障されていなかった。それを実力で打ち破ることによって、あのフランス革命というのが成功して、それ以後の近代社会というのは、まさにその上にすべて立てられているわけです。

 それで、「フリーダム・オブ・プレス」。その「プレス」というのは、よく取材の時にいろんな人が腕章を巻いて、腕章に「プレス」と書くわけですね。あれは「報道」という意味で、一般に欧米ではプレスの人は「プレス」と書くだけでその現場に飛んでいきます。それで、その「プレス」という腕章を尊重するわけですね。

 ところが、日本の社会は必ずしも「プレス」という、あるいは「報道」という腕章じゃなくて、朝日新聞の人は「朝日新聞」という腕章を巻きたがるんですね。日本の社会というのは、みんな自分が帰属する組織の腕章を巻いて、自分はその組織に属している人であると、そういう証明をしたがるんですが、一般にほかの社会というか、アメリカでもヨーロッパでも、それはプレスの一言でいいわけです。プレスという、報道という業に携わる人間が、この社会で極めて重要な役割を果たしているという認識があるから、そのプレスの一語で、そういうファミリーに属している人間であるという、それだけの存在証明で十分仕事ができているわけですね。

写真

会場風景

●プレスの本質は「権力のチェック機構」

 そのプレスの役割というのは、基本は何なのかというと、「権力のチェック機構」である、それがプレスの本質なんですね。

 その背景にあるのはどういうことかというと、一般に民主主義社会というのは三権分立を基礎原理とするけれども、三権分立、司法、行政、立法の機関がお互いに違うお城をつくって分離している。そういう体制だけでは、一般に民主主義社会の民主主義というのは守れない。そうじゃなくて、権力が健全な権力であるためには、その三つじゃない、もう一つの「ザ・フォースエステート(the fourth estate)」、これが必要なんだと、それが基本的な背景にあるわけですね。

 その「ザ・フォースエステート」というのは、日本では一般に「第4階級」ないしは「第4権力」と訳されています。これはしばしば報道の力が過剰に強くなったことを警戒するために、特にこの第4権力的な言い方をされる時には、そういう警戒心を背景にして使われることがあるんですが、本当はその警戒心よりも、それが基本的に民主主義社会の根底的な組織として極めて重要な役割を果たしている。つまり、三権分立だけではなくて、全体をチェックする第4の機構が必要であるというのが基本的な視点にあるわけですね。

 要するに、「権力というのは一般に暴走しやすい」わけです。同時に、「権力は腐敗しやすい」んです。なぜ権力のチェック機構が必要であるかといえば、権力というのは基本的にこういう二つの性格を持っているからなんです。だから、この二つをチェックしなきゃならないわけですね。

 もう一つ、実は、「世論もまた暴走しやすい」わけです。実は報道という機関とメディアというものも、微妙に似たような概念でちょっとずれているところがあるわけですね。それで、もうちょっと先に行って話をしますけれども、世論もまた暴走しやすい時に、世論に対するチェック機構というのも必要であるという、そういうことを含んでいるわけです。


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