■受験生のメンタルヘルスケア
摂食障害(拒食症・過食症)は、やせた容姿に強く憧れ、極端な食事制限や食べ吐きといった食行動異常を中心にさまざまな問題を引き起こす精神疾患です。若い女性に発症しやすく、発症のピークは10代半ばの中学・高校世代。近年は低年齢化が進み、小学生で発症するケースも少なくありません。患者数は病院を受診している人だけでも約22万人。病院にかかっていない人や予備軍の人も含めると、さらに多くの人がこの病気に苦しんでいると言われています。心療内科医の河合啓介医師に聞きました。(写真=Getty Images)
拒食症は命の危険も
摂食障害は、低体重に陥る「神経性やせ症(拒食症)」と、体重は正常範囲の「神経性過食症(過食症)」の2タイプに大きく分けられます。どちらも根底には、強いやせ願望と肥満への恐怖があります。
●拒食症
体形に対するこだわりが強く、極端な食事制限や過剰な運動などで体重を落とし、ガリガリにやせても「まだ太っている」と思い込んでダイエットを続行します。脳に十分な栄養が届かないので正常な判断ができなくなり、さらにエスカレートしていきます。低栄養状態が進行すると、筋力が低下して疲れやすくなり、女性の場合は月経が止まります。低血圧や低血糖、内臓の障害、骨粗しょう症などさまざまな合併症も現れ、こうした合併症や衰弱、自殺などで患者の約5%が命を落としています。精神疾患の中で死亡率が高い病気の一つです。
拒食症が「普通のダイエット」と違うのは、体重を減らすことが意識の大部分を占めてしまうこと、そしてやめようと思ってもやめられなくなることです。患者さんの頭の中は食べ物や体重のことでいっぱいで、例えば一口お菓子を食べてしまったことをずっと後悔してほかのことができなくなったり、体重が100gでも増えると落ち込んで、学校に行けなくなったりすることもあります。また、心配した家族がもう少し食べるように声をかけても、受け入れようとしません。
●過食症
食欲をコントロールできず、大量に食べる「むちゃ食い」を繰り返します。食後は激しい自己嫌悪に陥って過食をなかったことにしようと吐いたり、下剤を乱用したりする「代償行為」をすることが特徴です。拒食症のように極端にやせて合併症で命を落とす危険はないものの、食べ物を調達するためにお金がかかったり、万引きをしたりするなど、生活面にも悪影響が出ることが少なくありません。体形が正常範囲なので周囲からはわかりづらいのですが、患者さんは拒食症とは違う苦悩を抱えています。
拒食症も過食症も、集中力の低下や抑うつ、不安などの心理症状が表れることもあります。
勉強での挫折から、自信をつけようとダイエットに
若い頃はやせたいと思ったり、ダイエットに挑戦したりするのはよくあることですが、摂食障害に陥ってしまう背景には、孤独感や自信のなさ、生きづらさ、ストレスなどがあります。先進国、都市部、高難易度の学校では、そうでない場合よりも患者数が多いという事実からも、ストレスがかかわっていることは明らかです。悩みが一つなら乗り越えることができても、勉強、学校、恋愛、友だちや家族との関係などいくつものストレスが重なると難しくなります。
ダイエットの成果は確実に数字になって表れるので達成感が得られるだけでなく、「やせてきれいになったね」と周囲から評価されれば、自信になるものです。たとえば「一生懸命勉強したのに受験で失敗した」「なかなか成績が上がらない」など目に見える成果が得られず、挫折を感じたときに手っ取り早く自信をつけようとして、極端なダイエットに走り、摂食障害を発症している可能性もあります。また、SNSや動画サイトで極端にやせているアイドルなどを見て、「やせている人は美しい」「やせたら自信が持てる」と思い込んでしまっていることも、発症要因の一つでしょう。
親御さんから「親のせいで摂食障害になったのでしょうか」と聞かれることがあります。家族間の不仲などがストレスの一つになっているケースはあるものの、はっきりわからないことのほうが多いです。また、摂食障害が要因で、結果として不仲になることもあります。今、原因探しをしてもあまり意味がありません。それよりも治療を始めることを考えましょう。
少ない専門家 適切な支援につながるには
摂食障害はさまざまな要因が複雑に絡み合って発症するため、専門家の力を借りながら早期回復を目指すのが理想です。拒食症の場合は、低栄養状態や合併症の内科的治療が必要になることもあります。夏前の手足が露出する服装になる時期や、年末年始など友人や親戚との交流が増える時期にこの病気が始まったり、家族が病気に気づいたりすることも少なくありません。お子さんをよく観察して、下記のようなサインがみられる場合は心療内科や精神科、小児科に相談してみてください。
摂食障害の患者さんは「病院に行っても太らされるだけ」という思いもあり、受診を拒む傾向にあります。親御さんはお子さんに「とても心配している」と伝えた上で、「困っていることの相談に行こう」などと話すといいでしょう。お子さんがかたくなに受診を拒否する場合は、まず親御さんだけでも医療機関に相談し、アドバイスをもらうことをお勧めします。一歩一歩、治療を進めましょう。これは、初発の方だけではなく、病歴の長い方にもお伝えしたいことです。
ただし摂食障害は、専門的な治療を受けられる医療機関が限られます。宮城、千葉、石川、静岡、福岡の5県には、患者を医療機関につなげたり、相談を受けたりする「摂食障害支援拠点病院」があります。5県以外の居住者からの相談に対応できるよう、電話相談窓口「相談ほっとライン」が設置されているので、ぜひ利用してください。都道府県の精神保健福祉センターに受診先を相談してみるのも一つの方法です。
若い頃は家族や友人、勉強、将来など、大切なことや楽しいことがたくさんあります。早く医療につながってサポートを受けながら、もっと人生を楽しんでほしいと思います。
摂食障害全国支援センター:相談ほっとライン
電話番号:047-710-8869
受付時間:火~金の9時~15時(休日、年末年始、お盆休みを除く)。
センターのホームページには「よくある質問」も掲載しているので、相談前に確認を。
摂食障害支援拠点病院がある5県に住んでいる人は、宮城(022-717-7328)、千葉(047-375-4792)、石川(076-265-2827)、静岡(053-435-2635)、福岡(092-642-4869)の各病院へ。
【回答者】
(写真=本人提供)
河合啓介(かわい・けいすけ)医師/国立国際医療研究センター国府台病院心療内科診療科長。愛媛大学医学部を卒業後、九州大学心療内科に入局。カナダ・トロント大学留学、九州大学病院心療内科講師を経て現職。専門は心身医学(心療内科)で、思春期の心身症に詳しい。摂食障害(拒食症・過食症)の専門医・研究者であり、「摂食障害全国支援センター:相談ほっとライン」の代表を務めている。
(文=熊谷わこ)

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