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アパルトヘイト

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  • アパルトヘイト(2015年02月17日 朝刊)

    南アフリカ共和国で行われていた人種隔離政策。約2割の白人支配層が非白人を差別し、居住地区を定め、異人種間の結婚を禁じた。参政権も認めなかった。1960年代から反対闘争が激化。91年にアパルトヘイト関連法が廃止された。初の全人種参加となった94年総選挙で故マンデラ氏が初の黒人大統領に就任した。

  • 南アフリカとアパルトヘイト(2013年12月07日 朝刊)

    アフリカ大陸南端に位置し首都はプレトリア。人口約5070万人で、黒人約79%、白人約9%など。17世紀からオランダ、英国の植民地支配を受け、独立後も白人支配層が、多数を占める非白人を極度に差別するアパルトヘイト(人種隔離)政策を進めた。1960年代から非白人の反対闘争が激化。国際社会の批判も高まり、91年にデクラーク大統領がアパルトヘイト関連法を廃止。94年の初の全人種参加の総選挙でマンデラ氏が同国初の黒人大統領に就任した。

  • アパルトヘイトとネルソン・マンデラ氏(2018年07月17日 朝刊)

    アパルトヘイトは南アフリカで進められた人種隔離政策。白人と有色人種を「分割」して統治することを意味する。1948年、オランダ系白人アフリカーナーの国民党が政権を掌握した後、急速に制度化が進んだ。土地の大半を白人が所有し、都市部に住む黒人の多数が狭い居住区やスラム暮らしを余儀なくされた。白人の就業が優遇され、白人専用の鉄道車両、レストラン、ビーチなども設けられた。アパルトヘイト廃止を訴え続けたネルソン・マンデラ氏(1918〜2013)は、64年に国家反逆罪で終身刑の判決を受けた。約27年にわたる獄中生活を経て、91年に撤廃に導いた。93年、デクラーク大統領(当時)とともにノーベル平和賞を受賞。94年には全人種が参加する初めての選挙でアフリカ民族会議(ANC)を率いて圧勝し、大統領に就任。99年まで務めた。

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