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11月28日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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上杉謙信

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  • 増山城跡の特徴(2009年05月16日 朝刊)

    県西部の平野部東端の丘陵上にある。砺波、射水、婦負3郡の境にある交通の要所で、県西部の平野部のほぼ全域と、周辺の山すその守山城、今石動城などが見渡せる。城域は和田川東岸の南北約1・4キロ、東西約0・9キロ。総面積約59ヘクタール。主郭とみられる二ノ丸は標高約124メートル。北東隅に櫓(やぐら)台、囲むように一ノ丸、安室(あじち)屋敷、三ノ丸などの郭群が配置され、長大な堀切など強固な防御構造になっている。「増山之事元来嶮難(けんなん)之地」と上杉謙信が書いた書状が残る。和田川西岸に城下町が埋もれている。

  • 青苧(2011年06月04日 朝刊)

    イラクサ科の多年草木・カラムシの表皮から採れる繊維。「越後上布」の原料として珍重された。多雨で湿度が高く、風の弱い土地を好むため、越後は上質な青苧の産地だった。戦国武将の上杉謙信は青苧商人や港に出入りする船から税を取り立てて財政力を強めた。上杉家が会津に移った後、木綿が普及し始めたこともあり、青苧生産は廃れたとされる。

  • 七尾城跡(2012年07月05日 朝刊)

    能登国の守護であった畠山氏が16世紀初めごろに築いたとされる。1577年に畠山氏は上杉謙信によって滅ぼされ、81年には前田利家が入城。翌82年に御祓川河口近くの小丸山に新たに城が築かれるまで、能登支配の拠点だった。市街地から南東約5キロの城山(標高約300メートル)にあり、城域の範囲は南北約2・5キロ、東西約0・8キロ、総面積約200ヘクタールとされる。

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