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04月25日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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十和田市

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  • 満蒙開拓青少年義勇軍(2015年01月04日 朝刊)

    満州への移民は満州事変直後の1932年に始まり、36年に国策化された。だが成人男性が軍に動員されたため、38年に満蒙開拓青少年義勇軍が設立された。数え年16〜19歳の少年が対象で、満州移住協会発行の雑誌「開拓」43年5月号によると、県内では同年3月末までに1396人(全国では約8万人)が渡った。45年8月のソ連軍侵攻後、駐留していた関東軍に置き去りにされた開拓民はソ連軍や中国人に殺されたり集団自決したりした。また、そのまま中国に取り残された孤児や女性もいた。十和田市の元小学教諭伊藤一允さん(81)は88年に県歴史教育者協議会で県内の義勇軍参加状況を調べ、教師の勧誘が重要な役割を果たしたとした。一方、行政文書が戦後処分されたことなどを挙げ、「県内の義勇軍の全容を明らかにすることは困難だ」と話す。

  • 十和田観光電鉄(2011年10月04日 朝刊)

    十和田市から六戸町を経て三沢市を結ぶ14・7キロに11駅がある。1日17往復(土日祝日は12往復)。1922年9月に開業、来年9月には90周年。利用者の約8割が沿線の学校に通う中高校生だという。ホテルやバス事業も手掛けており、同社の収益に占める鉄道事業の割合は約5%。

  • 八甲田雪中行軍遭難事故(2013年03月31日 朝刊)

    日露戦争を2年後に控えた1902(明治35)年1月23日、陸軍青森歩兵第5連隊は八戸平野に敵が侵入したと想定し、青森から八甲田山を越えて三本木(現十和田市)方面へ進軍できるかどうかを調査するため雪中行軍を行った。当時はスキーが伝わる前で、かんじきを履いた一団が先頭を歩いて雪を踏み固め、後続はわら靴や革靴をはいて従い、まきや食料などの資材約120キロを積んだそり14台が最後尾についた。田代元湯まで1泊2日の予定だったが、猛烈な寒気による暴風雪に見舞われて山中をさまよい、210人中199人が凍傷で死亡する大惨事になった。事故を題材に新田次郎が小説「八甲田山死の彷徨(ほうこう)」(71年)を発表し、その後映画「八甲田山」(77年)にもなり大ヒットした。

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