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原爆ドーム

原爆ドーム

被爆の痕跡を視覚的に残した世界で唯一の建物で、広島市中心部に建つ。1945年、米軍の原子爆弾の投下により被害を受けた。1960年代、保存か撤去かをめぐって論争が起こったが、66年に広島市議会が保存を決議。1995年に世界遺産(文化遺産)に登録された。もともとは広島県物産陳列館として1915年に完成。旧上智大本館(東京)を手がけたチェコ人建築家ヤン・レツルが設計した。中央のドーム部は高さ約25メートル。

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  • 原爆ドーム(2020年06月04日 朝刊)

    1915(大正4)年、広島県物産陳列館として完成した。設計はチェコ出身の建築家ヤン・レツル(1880〜1925)。れんが造り3階建てで、正面中央の階段部分は5階建て。33年、県産業奨励館に改称。45年8月6日午前8時15分、米国が投下した原爆が南東約160メートルの上空約600メートルで炸裂(さくれつ)し、当時館内にいた約30人が死亡した。66年7月、広島市議会が全会一致で保存を決議。96年に世界遺産に登録された。

  • 原爆ドーム(2020年04月07日 夕刊)

    1915(大正4)年、広島県物産陳列館として完成した。設計はチェコ出身の建築家ヤン・レツル。33年、県産業奨励館に改称。45年8月6日午前8時15分、原爆が南東約160メートルの上空で炸裂(さくれつ)し、当時館内にいた約30人が死亡した。96年に世界遺産に登録された。

  • 原爆ドーム(2020年04月07日 夕刊)

    1915(大正4)年、広島県物産陳列館として完成した。設計はチェコ出身の建築家ヤン・レツル。33年、県産業奨励館に改称。45年8月6日午前8時15分、原爆が南東約160メートルの上空で炸裂(さくれつ)し、当時館内にいた約30人が死亡した。96年に世界遺産に登録された。

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