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06月02日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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戦艦大和

【動画】戦艦大和の「いま」、呉市が新映像公開 菊の紋章も鮮明(2016/6/22)

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戦艦「大和」沈没70年の慰霊 元乗組員「伝える使命」有料会員記事 (2015/4/7)

戦艦「大和」が鹿児島の南海上に沈んでから、7日で70年になった。米軍の沖縄上陸を阻む「特攻作戦」で失われた多くの命。かつての乗組員や遺族らは改めて思い、誓う。戦争がもたらす悲惨な結末を後世へ伝えていく――。■昨年4月に会復活 広島県呉市役…[続きを読む]

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  • 戦艦大和(2016年05月08日 朝刊)

    広島県の呉海軍工廠(こうしょう)で建造され、1941年12月に完成。全長は263メートル、最大幅は38・9メートル。射程42キロの主砲9門を備え、当時は「世界最大の戦艦」と呼ばれた。ミッドウェー海戦やレイテ沖海戦に出撃。特攻作戦で沖縄に向かっていた45年4月7日、米軍の攻撃を受けて鹿児島沖の東シナ海に沈没した。乗員約3300人のうち生還者は276人。85年と99年に民間の潜水調査で撮影され、遺品が引き揚げられた。

  • 戦艦大和ノ最期(2012年04月19日 朝刊)

    沖縄特攻に出撃した戦艦大和の士官だった故・吉田満氏の著書。「負ケテ目ザメル」という臼渕磐・大尉(だいい)の名言で知られる。作家吉川英治に勧められ、終戦まもない45年秋に初稿(文語体)をまとめた。翌年、雑誌「創元」用に出稿するが、連合国軍総司令部(GHQ)の検閲で「軍国主義的な作品」とされ、全文削除となった。その後、改稿を重ね、49年に口語体に修正した「軍艦大和」を発刊。現在よく知られている文語体の初版発行は、講和条約発効後の52年だった。

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集団か個か コロナに繫がる戦艦大和「特攻」の極限状況(2020/5/28)有料会員記事

 今から75年前。太平洋戦争の末期に海上特攻作戦を命じられ、激戦の末沈没した戦艦大和から奇跡的に生還した青年がいた。乗員だった吉田満がその体験を綴った『戦艦大和ノ最期』は、同胞のために究極の自己犠牲を…[続きを読む]

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