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10月16日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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東京拘置所

【動画】東京拘置所=2018年7月6日、朝日新聞社ヘリから、野津賢治撮影

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  • スガモプリズン(2008年12月08日 朝刊)

    敗戦後、占領軍が当時の東京拘置所を接収、45年11月開所。A級戦犯のほか、捕虜虐待などが問われたBC級戦犯を収監。多い時で1800人超がいた。講和条約が発効した52年、管理が日本政府に移り、名称も「巣鴨刑務所」に変わった。58年には収監者全員が仮出所、釈放された。跡地には78年、サンシャインビルが開館した。

  • 連合赤軍とリンチ殺人(2011年02月07日 朝刊)

    永田洋子死刑囚は森恒夫元被告(東京拘置所で自殺)と並ぶ最高幹部。群馬県の山中のアジトを転々とし潜伏していたが、1972年2月17日に森元被告とともに逮捕された。逮捕前の71年12月〜72年2月、武装闘争の名のもと「総括」と称する集団リンチを主導。激しい暴行を受けた仲間は緊縛されたまま放置され、12人を凍死させるなどした(山岳ベース事件)。永田死刑囚は71年8月にも、組織を抜けようとした仲間2人を殺して埋めた事件に関与していた。一審判決は、リンチ殺人についてリーダーの個人的資質が大きな原因だ、とする立場をとった。二審や最高裁でもこの点は覆されていない。

  • 死刑囚の証人尋問(2014年01月21日 夕刊)

    法務省によると、死刑囚が収容されている拘置所の外での証人尋問は、過去に1件。殺人などの罪で死刑が確定した元暴力団組長が2008年10月、水戸地裁での別の被告の公判に出廷した例だ。一方、拘置所で実施されたのは3例ある。1974〜75年に起きた連続企業爆破事件をめぐる裁判では99年、裁判官が東京拘置所に出張。死刑囚らへの尋問を非公開で行った。

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