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松本サリン事件

「オウム」を暴走させた3つの転機

オウム真理教が暴走したきっかけはなんだったのか、「3つの転機」から探りました。 [特設ページへ]

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人は間違う、だから許す 河野義行さん、四半世紀の境地(2019/8/3)有料会員限定記事

 死者8人・重軽症者約600人を出したオウム真理教の松本サリン事件から今年で25年。事件の被害者で、妻をサリンの後遺症で亡くした河野義行さん(69)は、オウムへの恨みや憎しみはないと公言してきた。教団…[続きを読む]

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  • 松本サリン事件(2019年06月29日 朝刊)

    1994年6月27日午後10時40分ごろ、長野県松本市北深志1丁目の住宅街で、オウム真理教の幹部らが猛毒のサリンをまき、8人が死亡、約600人が重軽症を負った。教団関係の訴訟を担当していた長野地裁松本支部の裁判官官舎を狙ったとされる。

  • 松本サリン事件(2014年06月27日 朝刊)

    1994年6月27日深夜、松本市北深志1丁目の住宅街で、オウム真理教の信徒が猛毒ガスのサリンをまき、8人が死亡、約600人が重軽症を負った。裁判では、教団元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(59)が指示し、サリンの効き目を試した組織的な無差別テロと認定された。刺殺された村井秀夫元幹部を含む実行役7人のうち4人の死刑判決が確定。教団松本支部の土地取得にからむ訴訟で不利な判決を避けるため、地裁松本支部の裁判官官舎を狙うとともに、住宅街でばらまいてサリンの威力を試したとされる。

  • 松本サリン事件(2019年06月27日 夕刊)

    1994年6月27日午後10時40分ごろ、長野県松本市北深志1丁目の住宅街で、オウム真理教の幹部らが猛毒のサリンをまき、8人が死亡、約600人が重軽症を負った。教団関係の訴訟を担当していた長野地裁松本支部の裁判官官舎を狙ったとされる。発生後、第1通報者の河野義行さんを犯人視した警察とマスコミが、批判を受けた。昨年7月に死刑が執行された元教団幹部13人のうち、松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚を含む7人が事件に関与していた。

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