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06月20日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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死の灰

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  • 第五福竜丸事件(2011年08月14日 朝刊)

    1954年3月1日、米国が南太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で水爆実験を実施。爆心から約160キロでマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員全23人が「死の灰」(放射性降下物)を浴びて被曝(ひばく)した。半年後、無線長の久保山愛吉さんが急性放射能症で死去。原水爆禁止運動が広がった。米国は同年5月までに計6回の実験を行い、他の多くの漁船も被曝。しかし、日米両政府の政治決着によって、責任問題や第五福竜丸以外の被害実態はあいまいなままにされた。

  • 第五福竜丸(2014年02月25日 朝刊)

    静岡県焼津市のマグロ漁船。1954年3月1日、マーシャル諸島・ビキニ環礁沖での米国による水爆実験で「死の灰」を浴びた。乗組員23人が被曝(ひばく)し、無線長の久保山愛吉さんが半年後に死亡した。東京水産大の練習船「はやぶさ丸」として使われた後、67年にゴミ処理場だった夢の島に放置された。76年に都立の展示館が夢の島公園内にでき、武藤さんの投書の文章も展示されている。

  • 原水爆禁止運動(2011年07月24日 朝刊)

    1954年に第五福竜丸の乗員が水爆実験の「死の灰」を浴びた事件をきっかけに、原水爆禁止を求める市民運動が起き、1年間で3千万人を超す署名が集まる。翌年8月には第1回原水爆禁止世界大会が広島市で開かれ、翌月、日本原水協が結成された。ただ、60年代には、社会主義国の核実験の評価をめぐり共産党系と旧社会党系が対立。63年の世界大会で分裂は決定的となり、社会党系の原水禁が65年に結成された。

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