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09月19日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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知る水俣病 

知る水俣病

 国際的な水銀規制のルールを定めた水俣条約が発効しました。戦後の経済成長を牽引した企業が起こした「水俣病」ってどんな病気?どうして起きたの?そんな疑問にお答えします。

水俣湾のいまを動画で 奥正光記者が解説

かつてチッソの工場から水俣湾に流された水銀は埋め立てられ、その地は公園になり、不知火海が見渡せる場所に慰霊の碑が建つ。患者が多発した漁村では人々が静かに暮らしている。[続きを読む]

水俣病の6つの質問

Q.1水俣病はどんな病気?

A.1症状がひどい時には死んでしまいます

 皆さんのおじいさんやおばあさんがまだ子どもだった1956年5月、熊本県水俣市みなまたしで患者の発生が保健所ほけんじょに届けられ、確認されました。最初の患者は水俣湾のそばに住む2歳と5歳の姉妹でした。

 化学製品かがくせいひんを造る水俣の工場が海に流したメチル水銀すいぎんという化合物がごうぶつが原因です。水に溶け、味やにおいはしません。魚や貝の中にたまりやすく、それを人が食べると脳の神経が壊されます。見る、聞く、話す、歩くといったことが不自由になり、症状がひどい時には死んでしまいます。完全に治す方法はありません。人にはうつりません。

 産まれる前にお母さんが食べた魚が水銀で汚れていて、赤ちゃんの時から水俣病だった患者もいます。

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Q.2どうして起きたの?

1968年8月ごろのチッソ水俣工場

A.2工場が汚れた水を流したためです

 当時は「高度経済成長期」と呼ばれ、会社が物をたくさんつくり、人々が買えるようになった時代でした。政府は経済が大きくなるよう努力しましたが、一方で自然環境(かんきょう)を守ることは後回しになり、汚れた水や煙(けむり)が人々の健康を損なう「公害」が相次ぎました。水俣病は原因がわかった後も9年間、工場が汚れた水を流し、政府も止めずに被害が広がりました。「公害の原点」と言われています。

 1965年には阿賀野(あがの)川が流れる新潟県で新潟水俣病が起きました。四日市(よっかいち)ぜんそく(三重県)、イタイイタイ病(富山県)とあわせて「四大公害病」といいます。

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Q.3患者はどうなったの?

患者認定を求める裁判もある。溝口秋生さんは亡くなった母親溝口チエさんの認定を最高裁で勝ち取った=2013年4月16日

A.3多くの人が亡くなりました。被害を訴え今も裁判は続いています

 チッソが、病院に通う費用や償(つぐな)いのお金(補償金(ほしょうきん))を払(はら)っています。患者は2282人いて、2017年9月までに約1900人が亡くなりました。政府が定めた症状などの基準に合うと患者と認められます(認定)。

 一方で、症状があっても認められない人たちが被害を訴(うった)え、いくつも裁判を起こしました。判決や話し合いなどで一定のお金を受け取ることになった人は約7万人いて、今も裁判を続けている人もいます。

 水俣病の患者や家族は、人にうつると誤解されたり、補償金をうらやましがられたりして、いじめや差別を受けました。

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Q.4工場はどうなったの?

有刺鉄線で囲まれたチッソ水俣工場=1973年、熊本県水俣市

A.4今も動いています。スマホなどの部品の材料をつくっています

 今も熊本県水俣市にあり、多くの人が働いています。テレビやスマートフォンなどの画面に必要な材料をつくっています。

 チッソは、第2次世界大戦まで財閥(ざいばつ)と呼ばれる会社の集まりの中心でしたが、水俣病を起こした後、患者への補償が増えて倒産(とうさん)寸前になりました。政府や銀行がお金を貸すなどして助けています。

 2011年には法律で、工場を続けるため子会社がつくられました。補償も続けるとチッソは説明しています。法律ではチッソ自体をなくすこともできるため、患者は責任を果たすように求めています。

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Q.5海はどうなったの?

水俣湾で取った魚の水銀値調査=熊本県水俣市

A.5水銀を埋め立て、一部は公園になりました

 工場の水が直接流された水俣湾の底にはメチル水銀がたまりました。魚の汚れと被害を食い止めるため、熊本県は濃い水銀を含む泥をすくい集め、特に汚れのひどい湾の一部は埋め立てました。工事は1990年に終わり、97年に「安全宣言」を出しました。いま、埋め立て地は公園になっています。地震などで崩れないように県が監視を続けています。

 県は毎年、水俣湾の魚の水銀の量をはかっていて、国が一時的に定めた基準(暫定的規制値)はほぼ下回っています。シラスやタチウオは水俣の名物です。

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Q.6学んだことは?

水俣市ではごみの分別収集が続いている=2002年9月

A.6環境を汚さないものづくり

 世界では金をとる作業や工場などで水銀が使われています。水銀によって自然環境が汚され、人が健康を損なわないために決めた、国同士のルールが8月16日に始まります。水俣病のような出来事を繰り返さないという思いを込め「水俣条約」と名付けられました。

 水俣市では、なるべく化学製品を使わず、環境を汚さないものづくりが盛んになりました。市民はごみを種類によって細かく分け、再利用を進めています。

 水俣病が確認されて60年あまり。今も被害の補償や埋め立て地の管理など課題が残されています。様々な教訓があるといえます。

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水銀処理、途上国では野ざらしも 水俣条約が発効 (2017/8/16)

水銀を国際的に包括管理するルールを定めた水俣条約が16日に発効した。加盟国には今後、水銀の採掘や使用、輸出入を適正に行うことが義務づけられる。ただ、国連環境計画(UNEP)が初めてまとめた水銀廃棄物の処理状況に関する報告書によると、アフリ…[続きを読む]

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■胎児性患者は今

初めての患者 田中実子さんの日常

水俣病が確認されてから60年あまりがたちました。海辺に住む幼い子どもたちが同じような症状で病院にかかり、「原因不明の病気」として1956年5月1日、保健所に届けられたのがきっかけです。その一人、田中実子さんは今も水俣市で暮らしています。部屋の中で、話すことも、一人で食べることもできず、24時間の介護を受けています。[続きを読む]

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大阪電気通信大の水俣病関西訴訟資料、熊本大に寄贈へ(2020/9/16)会員記事

 九州南部から関西に移り住んだ水俣病未認定患者らが22年にわたって闘った水俣病関西訴訟。2004年の勝訴確定後、大阪電気通信大(寝屋川市)に残されていた膨大な資料が熊本大文書館で永続的に保管されること…[続きを読む]

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